【経営情報】(経営思想・理念)

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2011.09.12 社員と共感、共鳴していますか?
2011.05.31 経営計画発表会のススメ
2011.03.29 中小企業一番苦労する事業承継
2011.03.22 一家団欒に学ぶ企業経営
2011.01.31 魂の会社再建
2011.01.12 企業経営の道楽化
2010.09.28 指桑罵槐(しそうばかい)
2010.09.26 企業の社会的責任
2010.06.15 「逝きし世の面影」
2010.04.27 経営は自ら考え、自ら実践すること
2010.03.31 危険なベンチャースピリット
2010.03.29 受注セグメントの必要性(2)
2010.03.20 120年間の伝承
2010.01.28 軸がぶれていないか
2010.01.06 社長の熱意
2009.11.03 冷戦のなかの日本
2009.10.25 組織の最小単位は家族
2009.10.15 企業存続の境目 
2009.09.30 中小企業再建の基本
2009.09.26 過去は善、過去に感謝
2009.08.31 期待
2009.08.29 経営危機への対処法
2009.08.13 環境・医療・福祉・教育・農業
2009.08.12 社員第一主義
2009.07.31 経営者の相談相手
2009.07.30 荒天航海から風上帆走へ
2009.07.23 創造し続ける
2009.07.20 経営者の余裕
2009.06.30 葉隠墓苑(2) 
2009.06.29 倒産
2009.05.27 信念と使命の棚卸し
2009.05.24 新型インフルエンザに見る企業経営対策
2009.05.22 中小企業経営者の戦略的発想材料
2009.05.13 大志大義
2009.04.30 何が学力低下を招いたか
2009.02.23 海の武士道
2009.02.09 経営者がワクワクドキドキになる方法
2009.01.31 倚(よ)りかからず
2009.01.12 どん底の会社よ、よみがえれ
2009.01.05 葉隠墓苑
2009.01.01 葉隠に学ぶ 
2008.12.27 受注セグメントの必要性
2008.12.21 原理原則~葉隠に学ぶ~
2008.11.26 不勉強が身にしみる
2008.11.06 使命感
2008.10.26 財を残すは下
2008.10.10 経済サイクルを逆にする発想
2008.09.30 永遠の旅行者~人間の醜さ~
2008.09.22 世界経済が経験したことのない問題(3) 
2008.08.27 緊急コラム:ペシャワール会事務局(福岡市)伊藤和也さん(追悼記事)
2008.08.26 世界経済が経験したことのない問題(2)
2008.08.20 世界経済が経験したことのない問題
2008.08.02 財務諸表作成と納税義務
2008.07.17 企業の付加価値創出の方法
2008.07.07(七夕) 日本人(NIPPON)の品格
2008.07.01 犯罪が起こるたびに思うこと~幼児教育・根本的な原因の追究~

2011.09.12 社員と共感、共鳴していますか?

 

社内改革の必要性を強く訴えていた会長は、「妻と子供以外はすべて変えろ」「変わらなければ死ぬ」などと挑発的な発言を繰り返し、社員の危機感を煽っていった。97年に経営危機に陥ったこの会社は今や世界企業となり、ソニー、パナソニック、シャープ3社合計の営業利益の7倍を稼ぐ。

 

企業経営において、事業構造を革新的に変えていく、赤字体質を黒字化する、会社を再建する、全てにおいて経営者の意識と旗振りが必要である。

大企業は組織階層、社員数が多いので難しい、中小企業は社長が全ての社員を見渡せるから容易であると思われがちであるが、実際は中小企業のほうが経営者の改革に対するマイナスの意識が全ての社員に見える場合があり、容易に改革が進まないパターンが多い。

 

事業構造改革や会社再建において重要なのはテクニックではなく、まずは改革改善に対する意識と行動である。経営者にその気持ちがあっても、行動が伴わなければ、社員も動くはずが無い。

冒頭の会長も危機感を社員と共有し、自らが行動した結果である。

 

構造改革や会社再建の必要性を社員に説明し、社員は共感、共鳴しているでしょうか?所詮会社組織は人と人の繋がりであり、役職と言うのは単なる便宜上に過ぎません。

全ての出発点は経営者の社員に対する信頼、構造改革や会社再建という明確な目標地点に旗を掲げ、同じルートを社員と歩み始めることです。そのルートの先頭に立つのが経営者なのです。

※冒頭一部、日経ビジネス記事引用

 

2011.05.31 経営計画発表会のススメ

経営計画発表会とは年度初めに前期経営成績、今年度の経営方針、目標等を発表する場です。通常、経営計画発表会は年1回開催ですが、その発表会で示した経営計画(P)を日々実行(D)し、定期的に進捗確認(C)し、計画との誤差を改善立案し、更に実行(A)していきます。いわゆるPDCAマネジメントサイクルです。

定期的な進捗確認が朝礼、営業等部門会議、月例会議、役員会議などになり、どのような会議で経営計画達成状況を確認するかの年間スケジュール、会議方針なども必要になります。

 

経営計画発表会の主催者は社長であり、参加者は社員・外部ステークホルダーとなります。外部としては株主、債権者(仕入先、金融機関等)、得意先、税理士等アドバイザーなど様々ですが、やはり中小企業の場合は間接金融に頼っていますので金融機関の参加は重要となります。

 

発表会で説明する内容

  • 過去(前期)の経営成績:細かく説明する必要はありませんが、売上高や収益がどうかを社員に周知することは大切でしょう

  • 受注構造分析結果:経営環境は日々変わっています、過去の延長線上での企業存続は難しい時代です。昨日までの受注構造を分析し、どのような方向に向っていくのかを明確に示すことが重要です

  • 今期の経営目標:いわゆるアドバルーンです、我が社は今期何を目指すのか、社員が明確にビジュアルでわかるように3項目くらいのアドバルーンをあげましょう

  • 中期の経営目標:今期を1年目として向う3年間どのような経営目標とするか、今期の目標で完結ではなく、次年度への継続が必要です

  • 決意表明:社長の経営目標に対する決意です、社長自らが目標を達成するという気概がなければ、社員は付いては来ません、A4一枚程度で決意を示しましょう

 

以上のような経営計画発表会を行い、PDCAで目標達成していくことが企業経営には一番大切です。特に業績が思わしくない企業ほど、アドバルーンをあげることが重要です。

3月決算の会社は本日(5/31)が確定申告期限です、今期の経営計画発表会を行っていない会社は6月中に行い、来年度以降は決算終了時点(例えば3/31や4/1)で行うことをスケジューリングしては如何でしょうか。

 

 

2011.03.29 中小企業一番苦労する事業承継

先日、製造会社社長から事業承継に関する相談がありました。相談の趣旨は自分が9割保有する株式をどうのように承継したらいいか、社員のモチベーションアップのために持株会に譲渡したい、支配権を保つ必要があるので息子(後継者)にもある程度持たせたいとの希望です。

 

会社を次世代に引き継ぐ場合にどのように整理して検討すればいいかがまずは大事です。以下の3点での検討が必要です。

「経営の承継」:事業の将来性判断、企業の継続可能性判断、企業価値向上対策、経営理念承継

「経営者交代」:後継者人材の選択・教育、人事制度の見直し、M&A・廃業の選択

「資産の承継」:自社株対策、相続税対策、納税資金対策、相続人対策

※上記3つの区分は「企業承継の考え方と実務」より一部引用

 

多くが「資産の承継」を考えがちですが、事業承継で一番大切なことは後継経営者の資質や教育、経営理念の承継など目に見えない部分です。息子だからといって後継社長に抜擢すると、能力がない場合一番苦労するのは息子であり、一番可愛そうなのはそのような社長の下で働く社員です。

中小企業庁が発行している「中小企業事業承継ハンドブック」のP.6には事業承継計画表も掲載されていますので、参考にして下さい。

 

相続対策や社員持株会など会社法や税法が改正され、柔軟且つ負担が少ない制度もありますので、活用されることをおすすめします。

例えば、資本金1千万円の会社の純資産の部合計が3億円であれば、株価が30倍になっています。

厳密には株価算定の場合は相続税評価額の基準となる純資産価額方式などの評価で変わりますが、株価が億を超えていれば何らかの対策が必要でしょう。

その際に保有株の半数を配当還元方式で社員持株会に譲渡することも考えられます。その際に持株会に譲渡する株を議決権制限種類株式にする等の対策も必要です。

更には、中小企業経営承継円滑化法により、遺留分算定財産からの除外や相続税猶予制度も検討する必要があります。

尚、相続税に関することは中小企業庁発行の「中小企業税制」も参考になります。

 

税務や法務に関しては税理士、司法書士、弁護士等の専門家にご相談下さい。

 

2011.03.22 一家団欒に学ぶ企業経営

以下は倫理研究所「職場の教養」3.19から引用

正岡子規は「病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)」で、一家の団欒が子供の教育に大切だと説いています。

「先ず食事に一家の者が1所(いっしょ)に集まる。食事をしながら雑談もする。食事を終へる。また雑談をする。これだけの事ができれば家庭は何時までも平和に、どこまでも愉快であるのである。・・・・・一家が平和であれば、子供の性質も自ずから平和になる。」これは、子規が三十五年の短い生涯を終える、二ヵ月前の文章です。

現代の家庭を顧みると、孤食(一人で食事をすること)、個食(それぞれが好きなものを食べること)、子食(子供だけの食事)、などが問題となり、食育の重要性が叫ばれています。

子供が一人で食事をすることから家庭の崩壊が始まり、その子供たちが集まる学校での学級崩壊につながり、やがて自己中心的な社会性の失われた人間に育っていくのではないでしょうか。

和やかで楽しい家庭を築くために、まず私たち自身が一家団欒の平和を楽しみ、それを伝えていこうではありませんか。(抜粋終わり)

 

3月11日の東日本大震災は未曾有の大災害となり、多くの尊い命が犠牲となりました。現時点でも家族や親族が行方不明で、温かい一家団欒が崩壊された多くの方々がおられます。

被災された方々には一家団欒が戻らない方も沢山おられますが、そのような方々の尊い命を無駄にしないためにも、生かされている私たちが正岡子規の教えを深く自分の事として考え、良き日本を創っていかなければなりません。

 

企業経営においても同じことが言えます。社長と社員の一家団欒に通じる意思の疎通、コミュニケーションが取れなければ会社はうまく行きません。会社のものが一所に集まり、会社のあるべき姿やビジョンを共有する、これも正に家庭の一家団欒と同じことです。

これがなくして、企業経営のノウハウを頭に詰め込んだだけでは企業経営はできません。

社長は親、社員は子供、この感覚が会社を成長させる原動力であり、第一歩です。

社員と一家団欒していますか?

 

2011.1.31 魂の会社再建

企業再生弁護士の第一人者でも村松謙一先生(光麗法律事務所)が「魂の会社再建 再建弁護士の会社救済ファイル2~」を東洋経済新報社から刊行された。

企業の大小を問わず、企業経営者に最大の愛情を持って、企業再建に取り組まれる先生の熱さを感じることができる本である。

 

多くの中小企業の経営者に接していると、おしなべて誠実であるがゆえに、借金の返済に苦しめられ、孤独な恐怖心から、精神的にも肉体的にも、ギリギリのところまで追いつめられている人のなんと多いことか。

本来なら、会社と「運命共同体」であるべき金融機関に会社の実情を打ち明けて、救いの手を差し出してもらうべきだが、かえってその実情を知られることを極度に恐れる。

経営危機の場面に至っては、金融機関そのものを恐れている。しかし、これらは、いずれも誤っている。真っ先に相談すべき相手は、金融機関であろう。

ただ、全融機関の中には、会社再建の社会的意義をとらえる心眼をもつ者もいるが、残念ながら、会社再建という究極の利害調整の局面でありながら、相変わらず平常時と同様に表面的な借金の回収業務を打ち出して、苦悩の相談者をさらに袋小路に追い込む者がいるのも現実である。

この姿勢を正さない限り、経営者は怖くて相談できはしないし、不幸、悲惨な倒産は続くであろう。

閉塞感漂う右肩下がりの現在の日本だからこそ、幸せを取り戻すためにも、この図式はもう止めようではないか。

経営者も金融機関も互いに相手を信頼し、一緒に会社再建をしていくことが「正義」なのである。力の強い者が力の弱い者を救うのが、「人の道」ではないか。

 

「論語」の中に「君子は義に喩り(さとり)、小人は利に喩る」(品格のある人間は私利を追い求めるべきではないとの含意がある)との言葉がある。

同様に、経営学者であるピーター・ドラッカーも、日本の企業の「和」の精神を大いに評価している。すなわち、「家族主義的経宮」「年功序列型賃金体系」「社長は報酬という欲をむさぼらない」「従業員は子どものようなもの」などである。

壊滅的打撃を受けた戦後日本の「復活」の原点は、この論語や儒教に裏打ちされた家族的経営=義と情と慈悲にあった。

そして経営危機状況からの「復活」もまたすべての利害関係人らの義と情と慈悲に支えられてこそなのである。

第Ⅲ部では、このような義と情と慈悲の心から救われた会社再建の話をしよう。

(以上、「魂の会社再建」P.208を抜粋させて頂き紹介させて頂きました。)

 

2011.01.12 企業経営の道楽化

以下は、田中真澄氏著「江戸時代に学べ~明日を生きぬくヒントがある~(ぱるす出版)」で紹介されている、本多静六氏(1866-1952)講演録「わが処世の秘訣(実業之日本社)」、現代語版「お金・仕事に満足し、人の信頼を得る法(三笠書房)」に記載されている文面です。

 

氏は先の講演録の冒頭で「職業の道楽化」について次のように述べています。

「私の体験によれば、人生の最大幸福はその職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も、職業の愉快さには遠く及ぼない。職業の道楽化とは、学者のいわゆる職業の芸術化、趣味化、遊戯化、スポーツ化もしくは享楽化であって、私はこれを手っ取り早く道楽化と称する。かの名人と仰がれる画家、彫刻家、音楽家、文士などが、その職業を苦労としないで、楽しみにやっているのと同様に、すべての人がおのおのその職業をその仕事を道楽にすることである。

職業を道楽化する方法はただ一つ努力(べんきょう)にある。あらゆる芸術と同じく、初めの間こそ多少の苦しみはあるが、すべての歓喜も幸福も努力を通して初めて得られることを自覚し、己れの職業を天職と確信し、迷わず専心努力するにおいては、「断じて行えば鬼神も避く」とか、「精神一到何事か成らざらん」といわれる通り、早晩必ず仕事がよくわかってきて上手になる。上手になるにしたがい、初めは自己の性格(しょうぶん)に適しないかに思われた職業も、しだいに自己に適するようになり、自然と職業に面白味を生ずる。一度その職業に面白味を持てば、もはやその仕事は苦労でなく道楽に変わる」(抜粋終り)

 

中小企業経営は99.9%経営者で決まると言われるとおり、企業規模の大小には関係なく、経営者が自分は成功していると思っている場合(自分が思えば自ずと他者も同じように思う)、企業経営・職業を道楽化している経営者が多い。

「道楽」を大辞泉で調べると、

 

どう‐らく【道楽】

1 本業以外のことに熱中して楽しむこと。趣味として楽しむこと。また、その楽しみ。「食い―」「着―」2 酒色・ばくちなどにふけること。また、その人。「―で身をもちくずす」「―息子」

どうらく‐もの【道楽者】

1 酒色・ばくちなどにふけり、本業に身を入れない者。2 怠け者。横着者。

 

道楽という言葉はマイナスのイメージもあるが、「経営者とは何か」と問われた時に難しい経営用語は使わずに、「道を楽しむ」、「企業経営道を楽しむ」者と表現した方が腑に落ちるような気がする。

個人的には「24時間365日、寝ても覚めても経営のことを考える」者という表現をしていたが、この表現には少し苦痛や生みの苦しみ的なニュアンスがある。

 

21世紀の1/10が終了し、新たな年、様々な事象が多様化している現代、「経営道を楽しめる」経営者が世の中の波に左右されず楽しみながら経営を行っていくのである。 

 

 

2010.09.28 指桑罵槐(しそうばかい)

以下は、Wikipediaより全部抜粋

指桑罵槐(しそうばかい)とは,中国の兵法書「三十六計」の計略の一つである。三十六計中の二十二計にあたり、味方に対して行う計略だとされている。書き下して「桑を指して槐(エンジュ)を罵る」ともいう。

 

意味

桑の木をさして槐(エンジュ)の木を罵る、と言う意味で、「三十六計」には、「強者が弱者を屈服させるときに警告する方法」とされている。すなわち本当に注意したい相手を直接名指して注意するのではなく、別の相手を批判することで、間接的に人の心をコントロールしようという作戦だと、湯浅邦弘は著書『孫子・三十六計』(角川ソフィア文庫)で解釈している。

 

敷衍

東洋史家(満洲史・モンゴル史)の岡田英弘が「指桑罵槐こそは中国人の行動原理である」と主張している。原義と異なり、「ある相手を攻撃するように見せて別の相手を攻撃する手段」だと解釈している。中国の政治の動きをこの言葉で説明し、2004年前後中国本土で反日運動が激化したが、これは日本を攻撃しているふりをして実は中国政府に対する非難や不満を表明していた、と言う解釈の際に、マスコミでこの言葉がよく用いられた。(以上、抜粋終わり)

 

物事の本質が何なのか考える習慣を常に持ち続けることが重要である。

マスコミ報道や他人から聞いた話を全て真に受けて、時間と経過と共に、それが自分自身の中で真実に変わっていくことがある。情報化社会や他国の言動は、目の前の出来事や報道が本質でない場合が往々にして多い。特に、マスコミは同じ出来事を同じ視点で報道し合い、世論を左右に振らせることができる力を持っている。そのような力に振り回されること無く、自分自身で原理原則に基く判断、物事の本質をわかろうとする探究心が必要である。

 

2010.09.26 企業の社会的責任

以下は日本経済新聞2010.9.14記事の一部抜粋

韓国の大統領は、サムスン電子会長ら財閥のオーナー経営者と会談し、景況感の回復が遅れている中小企業の経営支援を要請した。大統領は大企業の社会的責任の重さに言及した上で「中小企業の領域を侵したり、優越的立場を利用して不利益を与えたりしてはダメだ」と強調した。(抜粋終わり)

 

日本の産業構造は、戦後一貫して役割分担の上に成り立っており、基本的には大企業が中堅企業に発注し、中堅企業が中小企業に発注し、中小企業が零細企業に発注することで、日本1.2億人が潤ってきた。

 

ここ20年の不況の間、大企業も浮き沈みの時代であるが、中小企業はこのような産業構造の中で衰退した企業もあれば、なんとか生き残っている企業もある。

当然、中小企業もイノベーションと得意先に頼らない発想と創造力が必要である。しかし、戦後一貫した産業構造の中で生きてきた中小企業経営者には厳しい要求なのかもしれない。

 

日本の大企業も企業の社会的責任として様々なCSRを掲げているが、中小企業を含めた産業構造上で自社が社会的責任を果たしていくことを明言している企業は多分ないと思われる。

 

ひとつ言える事は、大企業のCSRとして、上記の韓国のような明確な考え方が必要であることと、政府においてもこのような政策を行う必要がある。それに応える中小企業の責任も当然ある。

 

2010.06.15 「逝きし世の面影」

「逝きし世の面影」(著者渡辺京二 平凡社発行)は、604ページから成る文庫本で外国人が見た江戸後期から明治中期までの日本人の生活習慣、文化、文明を写実的に記した大作である。

日本の歴史を語る場合、明治維新・戦前戦後など断片的な視点では誤った理解となる可能性が高い、特に戦後の現代日本人の価値観を探求するためには少なくとも江戸後期の日本を知る必要があることをリアルに理解させてくれる本である。

 

<以下は本書P.568を抜粋>

幕末に異邦人たちが目撃した徳川後期文明は、ひとつの完成の域に達した文明だった。それはその成員の親和と幸福感、あたえられた生を無欲に楽しむ気楽さと諦念、自然環境と日月の運行を年中行事として生活化する仕組みにおいて、異邦人を讃嘆へと誘わずにはいない文明であった。しかしそれは滅びなければならぬ文明であった。徳川後期社会は、いわゆる幕藩制の制度的矛盾によって、いずれは政治・経済の領域から崩壊すべく運命づけられていたといわれる。

 

そして何よりも、世界資本主義システムが、最後に残った空白として日本をその一環に組みこもうとしている以上、古き文明がその命数を終えるのは必然だったのだと説かれる。

 

リンダウが言っている。

「文明とは、憐れみも情もなく行動する抗し得ない力なのである。それは暴力的に押しつけられる力であり、その歴史の中に、ぃかに多くのページが、血と火の文字で書かれてきたかを数え上げなければならぬかは、ひとの知るところである」。

むろんリンダウのいう文明とは、近代産業文明を意味する。

オールコックはさながらマルクスのごとく告げる。「西洋から東洋に向う通商は、たとえ商人がそれを望まぬにしても、また政府がそれを阻止したいと望むにしても、革命的な性格をもった力なのである」。だが私は、そのようなカとそれがもたらす必然についていまは何も論じまい。政治や経済の動因とは別に、日本人自身が明治という時代を通じて、この完成されたよき美しき文明と徐々に別れを告げねばならなかったのはなぜであったのか。その点について、文明の保証する精神の質という面から、いくらか思いつきを書きつけるにとどめよう。

 欧米人観察者は、たとえば「オイレンブルク日本遠征記」の筆者が、「日本人の間で、むつまじく明るい家庭生活、老人、女子供への尊敬と配慮、社交に際してのふさわしい丁寧さなどを見た者は、日本人が多くの弊害をもっているにもかかわらず、道徳的な教育の上では高い段階にいるという見解に目をつぶることはできないだろう」と述べたように、また古き日本人の最大の擁護者であるモースが彼らの数々の「善徳」を賞揚したように、日本人の道徳水準に高い評価を与えるのが一般だった。

<以上抜粋終わり>

 

 

2010.04.27 経営は自ら考え、自ら実践すること

中小企業経営は経営者が自ら考え、自ら実践しなければ、生き残りが難しい時代である。

平成3年までの高度成長期とバブル景気時代は極論すれば誰が社長でも会社は何とか成長した。

バブル崩壊後の10年(H3-H12)は高度成長とバブルの惰性でなんとか経営ができた。

更にその後の10年(H13-H22現在)は、バブルの後遺症が軽微だった企業と過去の蓄積があった企業が何とか生き残った。

それと、経済成長の波に翻弄されながらも自ら考え、自ら実践した企業が生き残った。

 

誰でも経営できる時代はとっくに過ぎ去り、経営者の資質が企業経営の業績を左右する時代である。能力が無い経営者が社長になると、その社長もその会社の社員も不幸である。

 

企業経営者の責務は事業の創造である。

自社の経営理念に基き、新たな付加価値(事業、商品、顧客等)を年間10件創造し、それが最低1件収益に結びつくような創造力・発想力、事業への気概・執念が必要である。10割バッターはいない、3割バッターも経済が飽和している状況では厳しい、1割バッターでいいのである。

 

企業経営者は経営の本質を人に頼らないことである。

ネット社会になり今までに無い創造力でビジネスを展開する企業を横目で見ながら、自社にも何か儲かる商売がないか?このような発想では収益には結びつかない。まずは、自分は何をする人ぞ!の明確な答えがなければ、人の真似をしても収益に結びつくことは無い。

 

地方商店街でもシャッター通りとなり、補助金やコンサルなどに頼り、自らは発想しない商店主が多いと聞く。商店街復活の原理原則は全商店主が一致団結し、同じベクトルを探すことである。それを第三者が代わってやることはできないし、他で成功した事例を持ってきても、一過性でしかない。

 

商売の基本は自ら考え、自ら実践である。

 

 

2010.03.31 危険なベンチャースピリット

ベンチャースピリットや起業家精神の醸成として、起業家を輩出する仕掛けがよくある。

例えば、行政の起業家養成講座や大学発ベンチャー企業育成などである。ベンチャーという言葉は最先端の技術やITを駆使したビジネスという感覚があるが、ビジネスの内容は別として、ベンチャー企業であっても、株式会社の形態であれば、会社であり、法人である。

また、起業家もビジネスの内容に関らず、株式会社の形態であれば、代表取締役社長・経営者である。

 

つまり、ベンチャーや起業家とは、言い方が違うだけで、法人であり、経営者である。これは、当然のことなのだが、実際の現場では本質的な企業養成・排出、経営者養成・排出とはなっていない。

 

ある大学の産学連携の勉強会に参加した際に、過去に大学発ベンチャー企業を設立した先生が、資本金があるうちはいいが、借入など外部から資金調達する際に保証人になるのが想定外であった、と発言されていた。法人とは経営者の夢の実現の場である。それに賛同した社員や株主などのステークホルダーが協力するものである。よって、経営者となる人は企業経営に対する何らかの犠牲がつきものであり、経営者としての気概が最も重要である。

 

そのような気概がない人が経営者になると全てが不幸になる。よって、安易で理念が無い起業家養成講座や産学官のベンチャー企業排出は、やり方としっかりした理念、目的がないと危険である。

また、経営者には素質も必要である。それをわからずに、起業家養成を経営者ではない人(特に社会を知らない学生)に行うことは相当な注意が必要である。

 

2010.03.29 受注セグメントの必要性(2)

キャノンは、前期からの開示セグメントを変更する。今までの製品別の区分から米国会計基準による社内組織別区分に組み替えた。会社の意思決定と同じ分け方になり、市場からは「企業が社内で(収益性などについて)討議しているのと同じ目線で分析できる」という。

 

変更前→製品別:「事務機」「カメラ」「光学機器・その他」

変更後→社内組織別:「オフィス」「コンシューマ」「産業機器・その他」

つまり、カメラという製品は、企業内のオフィス部門、コンシューマ部門、産業機器部門でも売上計上されており、製品別セグメントでは投資家が企業の成長性・健全性を判断する場合に分かりにくい面もある。そこで、意思決定毎の部門に表示を変更することで判断しやすいIR資料とするものである。

(以上、2010.3.26付日本経済新聞記事を一部引用)

 

例えば、カメラという製品の売上が伸びていたとしても、それが事業用なのか消費者用なのかが分からなければ、確かに客観的な判断は難しい。更には、事業用で伸びていたとしても、それがどの産業なのか、どの販売地域なのかでも判断は変わってくる。当然、大企業は内部で分析しているだろうが。

 

よって、中小企業経営においても自社の売上高を構成する中身を細かく細分化(セグメント)して、どの分野が伸びているのかを分析することは非常に重要である。その分析を経営トップが判断し、受注部門に指示を出したり、生産部門の調整を行う判断材料にするのである。

セグメントの単位は細かければ細かいほど、様々な情報が見えてくる。

商品別、得意先別、産業別、担当者別、地域別、受注日・季節別などセグメントを出せばキリが無いほど出てくるはずである。

中小企業の場合では、金融機関へ提出する経営計画書、実抜計画書にこのようなセグメントで受注構造の計画を作成することが、売上高の信憑性と会社の受注力を担保する材料にもなる。

 

2010.03.20 120年間の伝承

世界有数の親日国といわれるトルコ。2010年は、「トルコにおける日本年」にあたる。その原点は120年前の「エルトゥールル号事件」にある。日本を訪問したトルコの使節団が帰国の途中、和歌山沖で台風に遭遇して沈没、587名が死亡、69人が付近の住民によって助けられた。

当時の日本が行った官民あげての手厚い対応がトルコ人の心を強く打ち、今日に続く友好関係となっている。(ワールドジョイントクラブ vol.50 記事引用)

 

1890年9月16日、樫野埼灯台下に流れ着いた生存者は数十メートルの断崖を這い登って灯台に遭難を知らせた。灯台守の通報を受けた大島村(現在の串本町樫野)の住民たちは、総出で救助と生存者の介抱に当たった。この時、台風により出漁できず食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず住民は浴衣などの衣類、卵やサツマイモ、それに非常用のニワトリすら供出するなど献身的に生存者たちの回復に努めた。この結果、樫野の寺、学校、灯台に収容された69名が救出され生還することができた。

(出来事:明治23年・1890年10月 教育勅語発布、1889年2月 大日本帝国憲法公布)

 

この時の救出劇が後のイラン・イラク戦争(1985)でイラク国内に取り残された日本人215名を在イラントルコ大使館が救出したことにつながっている。

Wikipedia エルトゥールル号遭難事件

 

今でもトルコでは、120年前の恩が後世に伝承されている。

 

2010.01.28 軸がぶれていないか

ゴルフの基本では、頭から脚までの身体の中心線、つまり軸がスイングの時に右や左にぶれてしまうと、スライスやフックとなり、いいスコアーを出すことは出来ません。

ゴルフにおいて軸をぶらさないことが、基本中の基本である。

 

企業経営においても軸がぶれた経営では、売上を計上し、利益を残すことは出来ない。

昨今の不況により、中小企業経営も厳しい現状が続いており、新たな新規事業や受注構造の変革を模索している企業も多いと思われる。経済のサイクルが格段に早くなった現状において、新たな受注構造の変革は重要であり、10年後に10年前を振り返った時、10年間の受注構造が毎年新たな受注が加わり、まったく違うものになるくらいの戦略的な発想が必要である。

・毎年、売上高の10%が変わっていけば、10年後には全ての受注構造が変わる

・新規事業の成功は100発100中とは行かない、1割バッターで成功

・新たな受注構造の変革は、まったく違った事業の展開だけではなく、既存商品を新たな顧客に販売、既存顧客に新たな商品を販売する等、無限大の可能性の追求である

・その成功のためには、経営者自らが365日24時間寝ても覚めても発想し続けることである

・「我が社の社員は新たな受注構造の発想が無い」と嘆く経営者は自らにないからそうなるのである、基本的に社員は現状維持、新たな提案をすると仕事が増えるだけと考えている

以上のような、この激変の時代に生き残っていくためには、新たな受注構造の変革と創造が必要である。

 

しかし、ここで一番重要なのは冒頭にも記した通り、その新たな受注構造の発想は我が社の軸と合っているか、軸がぶれていないかを経営者自らが自問自答することである。

・我が社の経営理念と一致しているか

・既存の商品や受注構造との関連性はどうか

・単なる利益追求、儲け主義に走っていないか

・世の中の風潮に単に流されているだけではないか

・時代の流行というだけで、環境・医療・福祉・教育・農業を取り入れようとしていないか

 

2010.01.06 社長の熱意

PHP総合研究所から松下幸之助述「社長になる人に知っておいてほしいこと」という本が発刊されている。その帯に次のような短い言葉が記載されている。

 

絶対に必要なのは熱意である

熱意にかけては最高でなければならない

 

今、日本にはH19年度の税務申告ベースで法人数は2,647,369社あり、日本の人口127,557,958人(H21.7月時点)で割ると、48人に1人が社長ということになる。この人数が多いか少ないかは別にして、最低資本金が撤廃された現在、登記費用の約30万円あれば誰でも株式会社を設立でき、社長になることができる。

しかし、松下幸之助が語っているようにまず社長に必要なものは「熱意」なのである。

よくどうすれば儲かるか、何かいい事業はないかと聞く社長がいるが、儲かるかどうかはその熱意の結果であり、熱意を持ってやれる仕事が何なのかは人それぞれ違うものであり、こうすれば会社がうまくいくという法則は無いのである。まずは誰にも負けない熱意である。

 

以下、この本の紹介文書(PHP研究所HPより抜粋)

危機から転じて成長へ――どうすれば危機の突破口を見いだし、今の状態を脱け出して大きな「飛躍」を得ることができるのか。

危機に陥らないよう経営をし、それでも生じた幾多の危機をも乗りこえてきた経営者・松下幸之助。事業経営に命を懸けて一生涯取り組んだ人間ならではの熱き思いと深き思索が、経営者たちの真摯な質問に対峙することで、見事に発露する。本書は、経営者・経営幹部そしてこれから「社長になる」つまり次代のリーダーに資するところがあると思われる発言を膨大な記録の中から42項目に厳選し、熱意・覚悟・信念・素直・信頼・飛躍の計6章構成にしたものである。

不況克服が出来ないまま、ますます熾烈な闘いを強いられている企業経営において、いま絶対に必要とされるものはなにか――松下が自らの体験をもとに厳しくも温かい言葉を投げかける。

主項目◎最高の熱意はあるか ◎奇跡は起こる ◎社員の働きを殺していないか ◎心根は伝わる、など。

 

2009.11.03 冷戦のなかの日本

下記論文は、フォーリン・アフェアーズ リポート11月号プレビュー1:吉田茂のフォーリン・アフェアーズ論文(1951年)を掲載より抜粋しています。

 

まだ日本が占領下にあった1951年に吉田茂がフォーリン・アフェアーズ誌に発表した「来るべき対日講和条約について」は、戦後日本を代表する首相の一人である吉田が、世界の外交コミュニティに発した早期対日講和要請の宣言文、軽武装・経済重視のいわゆる吉田ドクトリンの萌芽とも言われる。また、この論文については、日中経済の交流の必要性を示唆している部分がアメリカの冷戦外交の専門家に注目されたことも指摘しておくべきだろう。(注1)

冷戦という過酷な国際情勢とアメリカの反共路線を十分に知りつつ、「赤であれ、白であれ、中国は日本の隣国である。長期的に見れば地理的、経済的必要性がイデオロギー上の相違や人為的な貿易障壁を克服するだろう」と指摘した吉田の豪胆ぶりは注目に値する。

 

冷戦のなかの日本

ますます先鋭化しだした米ソ対立を前に、アメリカの対日占領政策は、1947年あたりからその目的を日本の非軍事化から反共の砦へと変化させることへとシフトしていく。1949年に中国が共産化し、1950年初頭に中ソ同盟が結ばれる。1950年6月に朝鮮戦争が勃発すると、アチソン米国務長官が同年1月に表明した「アリューシャン列島からフィリピンにいたるアメリカの不退転防衛ライン」における日本の重要性はますます高まっていた。対日講和条約の締結もこうした環境下で急速に具体化していくが、反共の砦と一口にいっても、日本をどう立て直すかはアメリカにとっても大きなジレンマだった。

すでに水面下では日本再武装論も聞かれた。だが、日本の不安定な政治経済情勢、近隣諸国の警戒、何よりもそれまで日本の非武装化が進められ、すでに平和憲法も成立していた以上、冷戦の進展によるアメリカの戦略転換で、すでに作り出されている流れをすべて覆すのは難しかった。

吉田は「現在の日本と第一次世界大戦後のドイツとは全く違う」と強調し、「戦争によって日本の海軍は壊滅し、軍需生産工業の大半も破壊された。残されていた軍事的制度のすべても戦後に解体され、排除された」と日本再軍備はあり得ないと示唆している。

ただし、日本の再軍備を求めていたジョン・フォスター・ダレスの意向を汲んだのか、それとも、彼自身、再軍備という将来における選択肢を想定していたのか、将来に含みを持たせた表現もしている。「万が一日本が再軍備を望んだとしても、近隣諸国を攻撃する軍事大国になることは考えられないし、ましてや赤道を越えた遠隔地での戦争を行えるような国にはなり得ない。日本が脅威となることはあり得ない」。

 

日本の輸出市場はどこか

アジアでは中国が共産化し、朝鮮戦争もすでに勃発していた。ヨーロッパでもNATO(北大西洋条約機構)が立ち上げられ、当初は非工業化が目的とされていた占領国のドイツでも、すでに経済復興と再軍備に向けたアメリカの路線転換が行われ、冷戦は「世界化」しつつあった。

こうしなか、日本の共産化を阻み、反共陣営の砦とするには、治安と安全保障を確立し、日本経済を回復させることを東京もワシントンも急務と考えていた。治安については警察予備隊が準備され、安全保障については(サンフランシスコで調印される)安保条約に委ねることが想定されていたが、産業基盤の多くが老朽化するか、破壊されていた日本経済の前途は必ずしも有望ではなかった。

だが、ジョージ・ケナンを含むアメリカの戦略家たちは、ソビエトとの冷戦を経済生産力という領域での戦いとしてもとらえ、日本を、「決してソビエトの影響下に入れてはならない世界有数の経済センター」の一つにカウントしていた。この点を理解していた吉田はこれを対日講和に関連づけ、「日本が東アジアにおける真の産業大国となり、その発展と繁栄に大きく貢献するには講和条約締結が必要である」とうまく訴えている。

朝鮮戦争による特需で日本経済は息を吹き返したとはいえ、ジョン・フォスター・ダレスだけでなく、当時のアメリカの指導者の多くは、「日本にはアメリカの消費者が手を伸ばすようなものは作れない」と考えていた。(注2)しかも、今も昔もその人口の多さゆえに、市場としては常に大きな夢をかき立てる中国はすでに共産化している。市場がなければ、日本の「加工貿易」の販路は見いだせない。

そこで、ワシントンが目を付けたのが、日本の輸出先としてしての東南アジア市場だった。折しも、当時は東南アジアの共産化がドミノ倒しのように進行するのではないかと危惧されていた。当時、仏領インドネシアは第一次インドシナ戦争のさなかにあり、すでに1950年1月にはソビエトと中国は、北ベトナムの国家承認と軍事援助に踏み切り、アメリカも対抗してフランスと南ベトナムへの支援を決めていた。

これがアメリカにとっては、70年代まで続くベトナム戦争への第一歩だった。ダレスが、当時のラジオ演説でアメリカが東南アジアに関与すべき理由の一つとして「日本製品のための輸出市場確保」を挙げていたことはいまやほとんど忘れ去られている。(注3)

 

その後・・

だが、日本の主な輸出先となったのは、東南アジアではなく、アメリカの市場だった。ダレスの読みははずれ、すでに1950年代に日本経済は繊維製品の対米輸出自主規制さえ行っている。

日本経済の奇跡とよばれた経済復興を遂げた日本にとって、とくに1970~80年代はアメリカとの激しい貿易摩擦の時代になり、冷戦が終わりに近づくと「冷戦の真の勝者は日本ではないか」という声さえアメリカでは聞かれるようになった。

当時の日本は、国内的には日米安保条約に反対する社会党と安保の維持を求める自民党の対立構図からなる55年体制の時代にあった。

鄧小平が1970年代末以降、経済改革路線を導入すると、かつて吉田が示唆したように、日本はついに中国との経済交流を果たす。そして、1980年代以降の日本は消費財と資本財、そしてODAを東南アジアに注ぎ込むようになり、この地域において軍事力の代わりに経済力で確固たる影響力を築くようになった。

だが、「失われた10年」を経て、経済力や対外援助をバックとする日本の影響力は低下し、いまは中国が大きな台頭を遂げている。そして、第二次世界大戦後、一貫して日本、4小龍、中国、東南アジアからの輸出を一手に引き受けてきたアメリカは金融メルトダウンに直面し、これが現在のグローバル・インバランスの是正論だけでなく、準備通貨としてドルの衰退論に拍車をかけている。(注4)

経済台頭の一方で社会不安という時限爆弾を抱える中国、金融・経済危機に苦しみ、未来ビジョンを描こうと試みるアメリカの間に位置する日本でも、すでに55年体制も自民党を中心とする一連の連立政権も崩壊し、民主党が政権を担っている。

歴史は繰り返さないし、当時からみればパワーバランスも大きく変化しているが、かつて同様に大きな歴史的分水嶺にいまや直面していることはおそらく間違いない。吉田茂なら、この新たな流動期にどのような未来ビジョン、いかなる現実主義路線を描いただろうか。

 

注1、 John Lewis Gaddis, Strategies of the Containment, Oxford University Press.

注2、「誰が日本の方向性を決めているのか」ニコラス・クリストフ、

    「超えられなかった過去」ウォルター・ラフィーバー(フォーリン・アフェアーズ リポート10月号)

注3、Securing theGreat Crescent: Occupied Japan and the Origins of Containment in Southeast

    Asia," Journal of American History 69

注4、「輸出主導型経済モデルの終わり」、ブライン・P・クライン、ケネス・ニール・クキエル

   (フォーリン・アフェアーズ8月号)、「脅かされる基軸準備通貨、ドルのジレンマ」

   バリーエイケングリーンフォーリン・アフェアーズ9月号)

 

フォーリン・アフェアーズ(http://www.foreignaffairs.com)とは、世界的に有名なシンクタンク、米外交問題評議会(http://www.cfr.org)が発行する外交、軍事、経済・金融などの専門誌で、世界的な影響力を持つ雑誌とし広く知られる。現在、スペイン語版、ロシア語版、日本語版が国際エディション

http://www.foreignaffairs.com/international-editions)として出版されており、国内ではフォーリン・アフェアーズ・リポート(http://www.foreignaffairsj.co.jp)として日本語版が出版されている。

 

2009.10.25 組織の最小単位は家族

全ての人間は様々な組織に属している。その最小単位は「家族」であり、最大単位は「地球」であろう。人間が一人では生きていけないことは論じるまでもない。

中小企業経営をベースに考えた場合、経営者が社員に対するときの原理原則も「家族」である。

家族においてもそれぞれ役割分担があり、父親の役目、母親の役目、子供の役目がある。父親は家庭が円満になるために、妻への愛情、子供への愛情がなければ家庭円満とはいかない。ましてや子育てにおいて愛情なき子育てがないのは当然である。

つまり、企業経営上での組織においても、それぞれ役職毎に役目があり、それを遂行することにより、会社経営が成り立っていく。家庭円満と同じように、企業経営のトップである経営者は社員に対しての愛情がなければ、社員の成長もなく、ひいては会社の成長も望めないのである。

・経営者として社員に愛情を持って接しているだろうか

・経営者として社員を自分の子供のように育てているだろうか

・経営者として社員の将来を考え、導いているだろうか

・経営者として社員の一挙手一投足に一喜一憂しているだろうか

・経営者として社員のことを本当に好きになっているだろうか

所詮、大企業でも中小企業でも会社の成長の全ては社員にかかっているのであり、その社員を育てるのが経営者の役目なのである。経営者にとって、「人を残す(遺す)は上」なのである。

経営者が役員に、役員が管理職に、管理職が社員に愛情を持って指導することが、経営がうまくいくための成功の連鎖である。

 

2009.10.15 企業存続の境目

 

<事例1>

A社は住宅設備機材を扱う商社で、年商2億円、従業員5名、金融機関借入金1億円です。

A社社長のB氏は、得意先の評判や地元での信頼も厚い経営者でした。

しかし、建設不況により受注が減少し、焦付きも発生し、財務基盤は厳しい状況が続いていました。

金融機関に対しては、長期借入金は約定通りに返済していましたが、短期借入金は借換を行っていたところ、20.9月に突然メイン銀行が借入債権を子会社のサービサーに売却してしまいました。

 

当初は、サービサーに対し可能な範囲で返済をしていたものの、サービサーへ借入金が売却されたことが、他の金融機関の知れるところとなり、一気に他行からの運転資金借入もできなくなり、銀行担当者からは月次の財務資料や計画書の提出を求められることになりました。

ちなみに、他行は不動産登記簿謄本の担保権者がサービサーに変わったことで譲渡が分かったようです。

 

B社長は誰に相談することもできず、日々取引銀行3行とサービサーとの対応に明け暮れる日々が続きました。建設業界は売掛金回収サイトが長く、手形回収もあり、銀行の手形割引も少しずつ割引金利も上昇してきました。

このような日々にB社長は精根尽き果て、結局は自己破産を選択されました。創業35年の企業が一瞬にして消滅した訳です。

 

A社の損益は、経費削減することで、人員整理することなく、営業利益段階では黒字だったようです。

B社長の苦悩→資金繰り、銀行交渉・提出資料作成、サービサーへの対応の仕方がわからない、売上向上策、仕入先与信保守

 

<事例2>

C社は電気製造業で、年商20億円、従業員50名、金融機関借入金5億円です。C社社長のD氏は、三代目社長に就任して15年、物静かでまじめな経営者です。

20.9月期までは年商20億円を死守していたものの、C社の得意先は大手企業が多かったために、リーマンショックによる景気低迷により、21.9月期は年商9.5億円までに激減してしまいました。

D社長は、今後の受注見込みが悲観的であること、毎月の借入元金返済が1千万円もあることから、自己破産することを考え始めました。

 

D社長は、仕入先には迷惑をかけれないと、主要仕入先であるE社の社長に自己破産を考えていることを思い切って相談しました。すると、損益計算書と資金繰り表を見たE社社長は、この部分の経費をこう圧縮し、社員をこう配置替えし、金融機関借入金の条件変更を行えば、生き残れるじゃないか、とD社長に説明しました。

 

その後、E社社長にアドバイスをもらいながら、再建計画書を作成し、半月ほどで借入金返済の条件変更にも目途がつきました。

21.9月の売上高も計画を上回り、まだ予断は許さないものの再建へ向けて、D社長は前向きに考えるようになりました。

D社長の当初の苦悩→資金繰り、銀行が条件変更してくれるかどうか、今後の受注見込み、経営に対する不安

 

上記の事例1は、信頼が厚いB社長だっただけに、誰にも迷惑を掛けたくないとの思いから、一人で悩み、抜本的な解決策が見い出せず、自己破産という選択をされました。現在は赤字でも、営業利益段階で黒字にできる見込みがあれば、仮に見込みがなくても、会社の生き残り策は必ず見つかるものです。特に、A社は営業利益段階で黒字だったのですから、尚更です。

 

生き残るためには、経営者は自分自身で試行錯誤して、答えや解決策が見い出すことができなければ、相談することが生き残り策の第一歩です。相談することは恥じではなく、相談しないことが恥じなのです。

 

反面、事例2のD社長は、思い切ってE社社長に相談したことにより、再生への第一歩を踏み出すことが可能となりました。

以上のように、再生が可能な会社であるにも関わらず、誰に相談することも無く、解決策が見い出せないままに破産することは、今まで培った業歴や社員の雇用の場が一瞬にして消滅することになります。

 

2009.09.30 中小企業再建の基本

ある大手電機メーカーの第1四半期のセグメント別売上高を見ると、対前年50-60%という大幅な売上減少である。本日で第2四半期が終了するが、その計画も同様である。売上減少の底は打ったような感じではあるが、大企業の場合は売上減少部門もあれば、対前年100%超の部門もある。特にFA産業や半導体関連が落ち込み、社会インフラや電力部門は対前年ベースである。

やはり、日本の産業構造はピラミッド型で頂点に大企業、続いて中堅企業、中小企業と発注が流れる。よって、大幅に落ち込む部門から受注を受けていると、自ずとその下の中堅・中小企業も同様の売上減少幅となっている。正に前期は過去最高で、今期は対前年60%という中小企業も多いと思われる。

 

中小企業において、対前年60%の売上高となり、販売管理費が同じであると、一番に負担となるのが借入金の返済である。また、抜本的な経営再建が必要となる。その際の再建の基本は以下である。

・聖域なしの経費削減策を考える(徹底的な経常利益黒字化)

・余剰人員が出る場合が多いので、社員削減ありきではなく、事業部門を別会社にできないか検討

・金融機関借入金の元金返済猶予を検討

・そのための経営再建計画書を立案

・元金返済を金融機関にお願いするためには、相応の経営者の痛みが伴うものであること(役員報酬減額、不要な不動産売却、役員の資金投入、親族の処遇、高級車の売却等々)

・役員報酬は最低限に抑え、役員借入金の返済等を生活資金とする

・本業を柱にした新たな収益モデルの立案

・向う半年間の資金繰りから必要売上高の算出

・過去の不良債権(在庫や売掛金等)を出し切る

・社長自ら社員の意識付けとベクトル合せをする

・収益を上げるための外部専門家からの助言

・全得意先ごとの売上計画立案

・仕入先からの情報収集とバックアップ

 

上記の項目は簡単に書いてあるが、一つ一つは重要な要素であり、当然簡単に全てが立案できるものではないが、逆に難しく考えることもない内容である。

まずは、緊急事態であるという経営者の危機感と再建できるという想いを常に持ち続けることが必要である。

 

 

2009.09.26 過去は善、過去に感謝

中小企業再生を行う場合、経営者や社員に問診すると、他人のせいや過去の批判に終始することも多い。

・銀行が融資しないから資金繰りが厳しい

・営業マンが成績を上げないから、売上が落ちた

・得意先の発注が減って、売上が落ちた

・社長の過去の投資が失敗したのが原因だ

・銀行から借りてくれと頼まれて借りた金が返せない

・(二代目が)親の経営感覚がないからこうなった

・創業者(親)が言うことを聞き入れてくれない

・社内のコミュニケーションがうまくいかない

・あの社員がいるから社内の雰囲気が乱れている

・社長は何もせず、文句を言うばっかり

 

不平や不満からは何も生まれないし、過去を批判したり、嘆いても元には戻らない。当然反省すべきことは反省し、未来に向けた建設的な意見が企業再生においては重要なポイントである。

このように他人のせいにはぜず、過去の批判をしないための重要な要素は何事も「過去は善」と思うことである。そして、過去に感謝することである。

・会社を創業してもらった先代、創業者、親に感謝すること

・自分の生がこの世にあることを親、先祖に感謝すること

・自分の会社に働いてくれる社員がいることに感謝すること

・大企業に比べ、低賃金で働いてくれる社員に感謝すること

・継続的な仕入をして頂く業者に感謝すること

・今まで与信以上の融資をしてくれた銀行に感謝すること

・今ここに生があることに感謝すること

・このような事態に陥った境遇を善しとすること

・過去の失敗はこれからの糧であると思うこと

・全ての森羅万象を善しとし、感謝すること

 

中小企業の再生では以上のような心からの気持ちが再建の第一歩であり、重要な要素である。

 

2009.08.31 「期待」

「期待」を辞書で引くと、「あてにして、心待ちに待つこと。将来この事が実現すると考え、待ちかまえること。」とある。呼んで字の如く、期日を待つという意味である。

企業経営における「営業」において、「攻めの営業」「待ちの営業」というパターンに分けられる。

例えば、

1.ある商品を売り込むために(商流上を含む)人脈を駆使して、その人脈に期待して商品が売れないかと考える

2.ある商品を売り込むために自らエンドユーザーに営業し、商品が売れないかと考える

という営業パターンを考えた場合、1は待ちの営業、2は攻めの営業になる。

現代において、待っていても、商品を並べただけでモノが売れる時代ではなく、やはり攻めの営業が重要であるが、ここでは、1と2のどちらが適切かという議論は省く。

つまり、1の場合、「その人脈への期待」があり、2の場合は、「自分の営業力への期待」がある。同じ期待でも大きな違いであるが、運よく商品が売れれば、どちらも問題は無いが、1の場合に商品が売れないと大きな落胆となることである。2の場合は売れなくても自らへの叱咤となる場合が多い。

このような状況は、企業経営の中にも散見される内容である。

・過度の期待を社員にする(当然、社員に期待するのは当然だが)

・融資実行を過度に銀行担当者に期待する

・投資家からの出資を過度に期待する

・有望と思われる商品を紹介され、過度に期待する

 

何事も物事の判断や経営におけるヒトモノカネ情報を他人に期待しないことである。期待すればするほど、それが成就しなかった時の落胆が大きいし、相手を憎むことにもなる。

自らの能力に期待し、自らで物事の判断し、自らで経営におけるヒトモノカネ情報に注力することである。自らへの期待で成就しなくても、諦めがつくし、次なる飛躍にもなる。

 

昨日(2009.8.30)の衆議院議員総選挙での民主党の大勝でも同じである。4年前には郵政民営化という官僚主導政治の終焉に国民は期待したが、その期待が外れ、今回は民主党が大躍進した。しかし、こども手当(26,000円/月/人)や高速道路無料化への期待が大きいと思われるが、それが実現されるか、されないかは別として、自らの生活や将来は自らが守るというのが基本原則である。過度の期待は禁物である。

他人に期待せず、自分自身に期待することである。

 

2009.08.29 経営危機への対処法

2008年10月末に信用保証協会の緊急保証制度(セーフティネット)が拡充され、又日本公庫のセーフティネット融資もあり、中小企業の資金繰りには大きく貢献したが、制度が拡充されて10ヶ月が経過した。

中には、2度目の保証を依頼する企業もあるようだが、借入金は出金(経費、返済)以上の入金(売上)が無ければ目減りするし、赤字であれば尚更である。また、元金返済据置した場合は返済が開始される時期でもある。ここに来て、一部の大企業は売上減少が底打ちしている状況も見られるが、2009.8.15付け日経一面には車・電機大手のコスト削減計画額が5兆円と出ていた。年商5億円の中小企業に換算すると、1万社分の売上である。

最近の当社への相談内容を見ると、前期過去最高の売上高が今期は6割減(電気商社)、大口の焦付きが発生(建設会社)、主要得意先の受注が半減(印刷会社)など企業存続の危機に直面している中小企業が多くなっている。セーフティネットで与信限度まで借入し、新規調達がままならない状況でもある。

相談の都度、その企業に応じた再建策を立案し、財務改善・事業計画書を作成するが、一番感じる大きな懸念は経営者が忍耐の限界を感じている状況にあるのではないかということである。

1.将来的な本業の見通しの暗さや受注の減少を心配

2.金融機関への提出書類や説明に気苦労、苦心する

3.日々の資金繰りで社長業に身が入らない

4.新たな受注構造を創り出さなければならないという強迫観念

5.経済環境や消費行動が大きく変化し今までの経営手法では成り立たない

このような経営者の苦悩に対し、今後の再建の方法を詳しく説明し、それを実行に移す計画を立案していく中で、従来であれば経営者は前向きな気持ちになっていたが、その気持ちに大きな波を感じるのである。つまり、病でいうところの躁鬱(そううつ)のような感じである。

病気であれば、医者に相談であるが、会社の危機を乗り越えるための方法は無数にあることをまず知ることが大切である。必ず乗り越えられるとまず思わないことには始まらない。非常事態の対処は、通常経営者は経験したことがないから、やはり相談できるまわりを持っておくことが極めて重要である。

・自社の実態を資金繰りの観点からじっくり冷静に判断する

・支払手形決済、買掛金支払、人件費支払の優先順位で資金繰りがどうか

・金融機関のリスケジュ-リングを実行する(各県中小企業再生支援協議会の再建策のほとんどはリスケなので、自社でも自ら銀行と交渉してみる)

・その際の事業計画と将来性、強みを強化するかを明確にする

・支払手形決済が最悪できない場合の対処法

どのような状況に陥っても、どの会社でも再建できることをまず信じることである。中には2回の手形不渡となっても生き続けている企業もあるのだから。

精神的にきつい経営者も沢山いると思うが、是非とも自分だけで悩まず、信頼おける身近な人に全てを相談してみることである。

当社でも無料でメールのみの相談は受け付けているので、気軽に連絡して下さい。

 

2009.08.13 環境・医療・福祉・教育・農業

環境・医療・福祉・教育・農業、企業が事業展開する上でのキーワードとよく言われる。このキーワードは、今では新聞、書籍、セミナーなど色んな場所で言い尽くされている感がある。

企業経営において受注構造の付加価値を向上されるためには、このようなキーワードにより事業を創造することは重要であるし、否定するものでもない。

 

しかし、このような事業の創造が「金儲けのための手段」になってはいないだろうか?

バブル崩壊以降の株主至上主義や拝金主義は、利益を計上し、上場企業においては如何に株主に還元するか、未上場企業においては如何に現預金を蓄積するかという思想を経営者に植え付けたのではないだろうか?

株主還元や現預金蓄積は、当然企業経営において重要な要素であるが、中小企業経営者の思想や思考の第一番目に来るものとは思えない。

 

金儲けのことしか考えない経営者は、仮に成功してもそれは一過性のものであり、永続的なものではない。やはり、自社の社会的な使命が何なのかを追及しなければ、事業内容にブレが生じ、組織としてのベクトルが合わない根本原因になる。つまり、この社会的な使命の追求が自社の経営理念であり、すべての基となるものである。

 

個人的には、特に医療・福祉・教育・農業は分野の特殊性から、ビジネスライクでは出来ないと思うし、崇高な理念が必要と考える。

冒頭に記載したキーワードで新規事業展開する際は、金儲け第一主義ではなく、自社の経営理念上、それがどう社会や地域に貢献するのかを明確にし、従業員のベクトルをそれに向かわせることが経営者の役目である。

 

・新規事業を創造するときに金儲け第一主義になっていないか

・時代の流行というだけで、環境・医療・福祉・教育・農業を取り入れようとしていないか

・新規事業が自社の経営理念と合致しているか

・利益は社会的使命を追及した結果の副産物である

・社会的使命を常に追求し続けているか

・社会的使命や新規事業に対する社員のベクトルは経営者と合致しているか、合致させているか(経営理念・ビジョンを社員のDNAまで深耕できているか)

 

2009.08.12 社員第一主義

ある経営者と会社は誰のものかという論議をする中で、当然商法上では株式会社は株主によって色んな決議が出来るので株主のモノと言えるだろうが、実際の中小企業の経営の現場においては次のような順番ではないかと結論付けた。

1番目:社員

2番目:仕入先

3番目:お客様

「お客様第一主義」を掲げる企業もあるが、やはり働く社員が経営者のベクトルにあった働きを気持ちよく行い、仕入先から有益な情報とモノを供給してもらい、それを受注に結びつけるという発想であれば、自社を含め四方一両得となる。

そういった意味で、貸借対照表の負債欄の社員給与未払金と支払手形や買掛金の順番を逆に変えれば、上記のような順番もうなずける。

ある鹿児島の成長している流通小売業は、1番目に地元、2番目に利益と「利益第二主義」を貫いて、増収増益している企業もある。

 

当然、順位等をつけること自体おかしい、金融機関等のその他のステークホルダーはどうなるのかという意見もあるだろう。

要は、中小企業の場合、経営者の発想や思考で全てが決まるし、経営者が考えたことが第1番目に来るのであり、どれが正解というのはないのである。

良いことも悪いことも、全ての事象は経営者の姿勢の裏返しである。

 

・働く社員と経営者のベクトルは合っているか(経営理念・ビジョンを社員のDNAまで深耕できているか)

・自社の社員は気持ちよく働いているか、そのような努力を経営者はしているか

・仕入先から有益な情報が常に入ってきているか

・仕入先に対し、買ってやっている、という接し方をしていないか

・経営者の目は、貸借対照表の負債欄を常に見ているか

 

2009.07.31 経営者の相談相手

2009年度版中小企業白書によると経営継続困難時の相談先として、役員や公認会計士・税理士に相談する割合が高い一方、より困難になると家族などの身内や債権者である金融機関などにも相談する傾向が高い。

<表>

自社の役員は当然のことながら、企業経営の諸問題を共有することが必要である。また、色んな分野の複数のプロとの接点を持っておくことが必要で、分野のプロでなくても知り合いの経営者仲間との交流を常日頃から行い、何でも相談できる相手を持っておくことは最終的な解決策は見出せなくても、精神的に楽になることもある。これは企業経営に限らず、人生でも同じことである。

上記表には公認会計士、税理士が2番目になっているが、会計士や税理士は会計・税務の専門家であり、その業務としては監査、財務、経理、税務などである。中小企業の場合の依頼内容は、財務会計(各種帳簿作成)、税金計算が主である。つまり、数値的部分のプロに経営の全てを相談することは、会計士や税理士の仕事の範疇を超えている。よって、税理士は税務書類の作成、申告業務(税金計算)するのが本業であるから、経営困難時の相談を全て頼るのは酷な話である。

また、財務的な数値は全て税理士に任せているからという経営者は、業務は任せていいが、金融機関等からの質問には的確に経営者が返答できるくらいの知識は必要である。

また、弁護士は法律のプロであるが、経営のプロではない。その弁護士に会社継続の相談をし、すすめられるままに破産を選択する経営者が多いのも実情である。

 

経営者は経営のプロのである。

 

2009年度版中小企業白書 http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

 

2009.07.30 荒天航海から風上帆走へ

ある経営セミナーでの講演内容の紹介

<某大学院教授>

・世界一になるという発想とそこそこでいいと思うのを比べると、天と地の差がある

・そこそこで良いという発想から最高は生まれない

・イノベーション:非常識に挑戦し、非常識を常識にする

・上は下を良く見えるが、下からは上は見えない

・モノが良いから売れ、経営が上がるとは限らない

・荒天航海から風上帆走へ切り替える能力が求められている

 

<某社相談役>

・日本の経常利益率は3.5%、アメリカは30%

・日本は安くしすぎる→過当競争民族

・何でも「差別化」が必要

・社員がこの会社のために頑張ろうと思わないといけない、そのために経営者は何をするか

・少ない給与の女の子でも自分のお金で車を買う、しかし社長は会社のお金で車を買い、ガソリンも会社、それで社員がついて来るか!

・日本企業265万社の内、納税4000万円以上は8%、社員に給料を出さないから儲からない

・お客様を如何に感動させるか、如何に社員を喜ばせるか

・日本人は生まれる前からDNAに儒教の精神を持っている

・社員は材料ではない(人材)、財産である(人財)

 

全ての言葉に納得する有意義なセミナーであった。

 

2009.07.23 創造し続ける

2008年秋のいわゆるリーマンショック以降、大企業・中小企業問わず売上不振に陥っている企業が散見される。その一つの原因としてある事業分野の得意先や業界が落ち込んだ時に、その分野の売上高に占める比率が大きいと自社の業績に与える影響も大きくなるということである。

例えば、トヨタ自動車の売上高は20.3月期26兆円、21.3月期20兆円の21.9%ダウン、営業利益は20.3月期2.4兆円、21.3月期-0.4兆円赤字であるが、大きな影響を受けたのが欧米での販売不振で販売台数は対前年約30%減ある。つまり、欧米という一つの得意先が大きく落ち込むとこのような結果になる(詳細には複数の要因があるのだろうが)。

 

中小企業においても、ある事業分野の得意先や業界に過度にかたよっていないだろうか?

・多くの得意先があっても、業界が似ていないか(その業界が落ち込めば得意先自体が不振になる)

・地域が同じではないか(その地域で自然災害や一過性の問題が発生すれば商圏自体がなくなる)

・扱い商品が極端に少なくないか(扱い商品に不具合、他の新技術等で商品自体が受け入れられなくなる)

しかし、ある業界に特化し、地域に密着し、独自の商品により事業を行っているのが中小企業である。上記のような状態は当たり前の話である。

 

しかし、一つだけ言える事は、生物が環境に適応しながら進化してきたように、企業経営も環境に適応しながら存続と発展をしていかなければならない。つまり、過去の延長線上では生き残れないということである。

自社の受注構造の受注構造を多方面から精査・分析し、次なる受注構造を創造し続けるのが「経営者」の使命である。

 

テレビ通販で社長自ら出演する某社の販売商品を見ると、テレビやカメラなど、どこの家電量販店、ディスカウント、GMSにある商品を販売しているが、増収だという。

以下、日経ビジネスONLINE2009.6.9記事一部抜粋 http://business.nikkeibp.co.jp/

どんな時代でも強い想いがあればお客様に伝わるんです。

「想いが伝わればものは売れるんです」

ここで言う想いとは、「売りたい」という気持ちとは違いますよ。「この商品は値段、機能、デザインどれをとってもお客様に必ず喜ばれるものだ」という信念です。

皆さんは「自分が今、売っている商品やサービスは、お客様から絶対に喜ばれる!」という自信を持っていますか? 心のどこかで「高いかもしれない」「ちょっと使いにくいかも」「デザインが古い」なんてほんのわずかでも思いながら営業をしていませんか?

だとしたら、売れません。売っている本人がそう思っているということは、お客さんもそう思っているからです。

この場合、やるべきことは1つしかありません。その商品やサービスに自分がほれ込み「絶対に売れる!」と自分で信じられるまで、研究することです。

以上一部抜粋終わり

 

経営者としての熱い想い、利己的な売上を上げたいという考えではなく、利他的な喜んでもらいたいという考え、特別な経営のノウハウではなく、経営の原理原則はこの部分なのです。

 

2009.07.20 経営者の余裕

保証協会のセーフティネット保証制度や日本公庫のセーフティネット貸付制度が拡充され、比較的資金調達がしやすくなりましたが、一時的に資金に余裕ができるとその資金の有効活用や財務体質改善がおろそかになる可能性があります。経営者に限らず、財布の中身に余裕が出来れば安心し、資金計画にスキが生まれるのと同じです。金融機関から資金調達しても経営者としては以下のことを常に念頭においておかなければなりません。

・新規借入による資金余裕は、返済義務がある資金である

・月次資金繰り表を作成する

・常に、借入した金額の預金残高を注視しておくこと

・営業、投資、財務別でキャッシュフローを考える

・毎月のキャッシュフローは売上回収で仕入、経費、借入返済を賄うようにする

・これを賄うことができなければ、徹底的な売上アップ施策、仕入コスト・経費削減策をシミュレーションする

・新規借入資金は次なる設備投資や売上アップ施策のための原資とする

・その投資を必ず売上高に貢献させること

・新規借入を行うと通常よりも預金残高が多くなるが、そのことで余裕を持たないこと

・この余裕を経営者として、売上アップ策・受注構造改善策・付加価値向上策・人財育成策に注力すること

・この経営者の余裕が企業経営では重要であり、経営者の本業である

 

以上のことを経営者自らが念頭においておかなければ、借金返済のための新規借入、赤字補填のための新規借入を繰り返すことになります。

企業は自社の与信以上には借入れることができませんので、借入額にも当然限りがあります。常日頃から財務的な感覚を養っておく必要があります。

 

2009.06.30 葉隠墓苑(2)

以下、佐賀新聞HP2009.6.29記事全部抜粋

ケーブルワンが奨励賞 武雄と秋田の縁描く

武雄市のケーブルワン(原隆司社長)が制作した番組が「第35回日本ケーブルテレビ大賞番組コンクール」で奨励賞に輝いた。同社は3年連続の受賞。

 140年前の戊辰戦争で、武雄から約1000人の兵士が秋田へ出兵した史実を通して両市の縁を描いた。番組を企画した同県男鹿市出身の同社アナウンス室長、小杉裕子さん(34)は「わたしにとって2つのふるさとを結ぶ番組になった」と感慨深げに話す。

 作品は「葉隠墓苑─先人たちに想いを馳せて─」。30分番組で、小杉さんが脚本から撮影、編集、ナレーションまでを担当した。

秋田市には、戦死した武雄出身の兵士らを弔う「葉隠墓苑」があり、今でも年に一度、地域ぐるみで慰霊祭が開かれている。15年ほど前まで両市は交流を盛んに行っていたが今はなくなり、史実も忘れかけられていた。

 番組では地域の歴史を再認識してもらおうと約3カ月かけて両市を取材。兵士の子孫や激戦地だった住民ら両市の関係者インタビューも収めた。

コンクールでは「地元の古老しか知らないようなことを収めている」と取材の深さなどが評価された。視聴者からも、10月に行われる慰霊祭に参加したいという声が届けられているという。小杉さんは「こうした歴史に目を向けてもらえるきっかけになれば」と話す。

 コンクールは全国のケーブルテレビから81作品の応募があり、ケーブルワンを含め合わせて9作品が入賞した。

 

2009.06.29 倒産

倒産という言葉を辞書で見ると、「企業が経営資金のやりくりがつかなくなってつぶれること」、「企業が不渡手形などを出して銀行から取引停止を受け、営業困難に陥ること」とある。一般的に法人が再生型の民事再生法や会社更生法を申請しても、「事実上の倒産」という言葉で報じられる。債権者へは多大な迷惑をかける行為であるが、事業の存続と雇用の継続という意味では、法人は生き残り事業を継続していくわけであるから、「倒産」という表現はどうなのかとも思う。つまり、「倒産」という言葉は俗称なのである。

 

倒産法(とうさんほう)とは、経済的な破綻状況に至った企業または個人について、その財産の処分や債権者への配当を定める法の総称である。

日本における倒産法には、破産法・民事再生法・会社更生法があり、会社法における特別清算に関する規定も含めて捉えられることが多い。倒産自体は、主に企業が経済的に破綻した場合に使われる事実状態を表す用語であり、法律用語ではない。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

以下、2009.6.26付け日経新聞「大機小機」を一部抜粋

企業の倒産・廃業は、経営者や従業員などの利害関係者に打撃を与えるだけでなく、マクロ経済的により大きな問題を伴う。企業が単にヒトやモノを集め合わせた以上の存在であるのは、それが組織的に行動する主体であるからだ。つまり組織力や経営基盤を持つが故である。倒産すれば、そうした組織体としてのノウハウなどが失われる。従来のミクロ経済学が軽視してきたこれらの要素は、企業活力を維持していくうえで必須である。それはいったん失われると再生が容易ではない。

不況が長期化するなかで企業に求められるのは、相対的に有望な関連分野への拡大、もしくは新分野への進出を狙う戦略である。換言すれば、可能であれば企業体として存続したまま転換していくのである。これは経営者や従業員のモラールなどを維持しつつ、経済全体として活力を向上させるのにつながる。(中略)

昨今の情勢下では、外生的な需要拡大や信用保証の増枠などで企業の延命を目指す意味は大きい。だが、それよりも政府は、本業が不振でも関連分野あるいは新分野への取り組み意欲の強い企業に対し、税制面での優遇措置や助成金の支給、業務規制緩和などで支援していく政策を優先するできではないか。

以上、抜粋終わり

 

昨今の中小企業の破産に対して

・破産しなくてもいい企業が破産を選択している

・相談する相手を持っていない経営者が多い

・破産や法的再生以外に選択肢があることを企業経営者が知らなさ過ぎる

・弁護士に再生の道を相談したが、財務内容から破産をすすめられ、反論できず破産を選択

・破産で儲かるのは弁護士と裁判所だけ

・中小企業の生き残り策はいくらでも無限大にある、それを模索する第一歩は経営者の想い

・破産を回避するためには、経営者自らの並大抵でない決意と覚悟が必要である

・しかし、その並大抵でない決意と覚悟も将来振り返ってみれば、感慨が深くなるものである

 

 

2009.05.27 信念と使命の棚卸し

「信念」とは辞書によると、正しいと信じる自分の考え、「信念を貫き通す」「固い信念」とある。

企業経営において、経営者マインドで一番大切な要素である。自社の事業内容や経営要素(ヒトモノカネ)を正しいと信念を持たなければ、企業の継続はあり得ない。ここまでは経営者でなくとも感覚でわかる。

そこで信念を考える時、何を正しいと信じるかである。信念をもう少し、ブレイクダウンすると、

◎◎◎を信じる、◎◎◎を念じるとなる。この◎◎◎に該当するのが企業経営で言えば、

自社の商品、サービス、人材等である。自社の事業内容や扱い商品を心から信じているだろうか?自社の人材を心から信じているだろうか?

自社の商品、サービス、人材等を正しいと信じ、念じなければ、物事の成功はないのである。

信念という言葉はよく使われるが、◎◎◎に入る言葉は明確だろうか?心から信じているだろうか?

このようなことを定期的に経営者自らが考え、検証する棚卸作業が必要である。

特に、新規事業を立ち上げる時、新商品を開発したり、扱う時は更に重要となる。

次に、使命である。「使命」とは辞書によると、使者として受けた命令。使者としての務め。「特別な使命を帯びる」、与えられた重大な務め。責任をもって果たさなければならない任務。「教師の使命」とある。

企業として、企業経営者として、自社・自分(経営者)の使命は何なのか?

◎◎◎を信じ、◎◎◎を念じ、事業を展開する意義は何なのか?それは、地域・国・世界に対して与えられたどのような重大な務めなのか?一般的な言い方をすれば、自社の事業展開を通じ、どう社会貢献するか、である。

儲かる商売や商品はありませんか?一番いい商売や業界は今何ですか?という問いをする人がいるが、そのような問いに対する答えはない。人から聞いた話や情報で儲けが出るような事業はないのである。利益を計上している企業、経営者は思考錯誤で自分で考え、寝ても覚めても事業欲があり、信じ、念じ、使命を持っているのである。儲かる情報で仮に利益が出ても継続性はそこにはない。

企業経営者は信念を持てる◎◎◎を明確にし、◎◎◎はどのような重大な務め、任務なのかを明確にしなければならない。それが経営理念であり、経営方針になるのである。

特に人材は経営者自らが人材を信用しなければ、その人材が会社を信用し、貢献するはずがないのである。

2009.05.24 新型インフルエンザに見る企業経営対策

新型インフルエンザの対応について一般的な論調として、過度に反応しすぎである、マスコミが騒ぎ過ぎている、弱毒性であり季節インフルエンザと変わりないので、政府や行政の対応も大袈裟ではないのかという意見がある。

また、政府の新型インフルエンザのパンデミック(汎発流行)対応マニュアルは強毒性のウィルスが国内に入り、感染が広がっていくことを想定しており、脅威レベルが高い水準を想定したマニュアルであるため、そのマニュアルで弱毒性のウィルス(通常の季節インフルエンザと同等)に対応すると過剰な対策となり、本質を誤るという意見である。

新型インフルエンザの影響や政府の対応については専門家に任せるとして、今回の状況判断や事前の対応は企業経営においても重要な問題提起である。

 

企業経営においてもウィルスのような危機は潜在的にも顕在的にもあり、それに対する現状把握と対処法の検討は重要になります。リスクマネジメント上での経営リスクは様々な分野に拡散していますが、ここでは資金調達上の危機を検討してみます。

<財務上リスクの把握>

  • 現時点での現預金と売掛債権(確実に入金される売掛金、受取手形)の合計から支払手形、買掛金、未払金、借入金返済等を引いて、残りの資金で何ヶ月会社の固定経費を賄えるか。

  • 1年間は大丈夫、3ヶ月は賄える、来月末の手形決済が厳しい、今月末の資金さえ賄えない等、企業によって様々ですが、当然来月末の決済が厳しい場合と一年間は大丈夫な場合の対処は違ってきます。

  • しかし、往々にして頭ではわかっていても、来月末の決済が厳しい状況でそれに対応した策が取られていない場合が見受けられます。

  • 会社はキャッシュが回らなければ、倒産してしまします。経営者としてはあらゆる状況に応じた対応策を普段から検討しておくことが大切です。

<受注構造上リスクの把握>

  • 売上高に占める同じ得意先のシェアが10%を越えるとリスク発生時に大きな損害要因となります。例えば、自動車業界でも欧米の不振により、大幅な赤字計上となっています。

  • 主要得意先からの受注がなくなった場合、現状の固定経費をどう賄うか、常日頃からシミュレーションし、適切な対策を講じておくことが必要です。

 

自社の考えられるリスクを洗い出し、それが発生した時にどう対応するか、そのリスクが顕在化しないためにはどのような対策を実施しなければならないか、常日頃からの対策が企業を守る経営者の役目です。

 

2009.05.22 中小企業経営者の戦略的発想材料

政府では現在以下のような取組がなされています。

<安心社会実現会議>

我が国の経済・雇用構造の変化や少子高齢化の進展等の環境変化を踏まえ、国民が安心して生活をおくることができる社会(安心社会)の実現が急務となっています。安心社会の実現には、国家として目指すべき方向性や基本政策の在り方について、幅広い視点から、総合的な検討を行うことが必要です。

 このため、安心社会の実現に向けた様々な課題について議論を行うため、内閣総理大臣が有識者の参集を求め、「安心社会実現会議」を開催することといたしました。

詳細はhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/ansin_jitugen/index.html

 

<経済危機克服のための「有識者会合」>

世界的な金融危機に端を発する我が国の景気の悪化を受け、内閣総理大臣が、今後の経済財政政策のあり方について、10のグループに分かれて、各分野を代表するような各界の有識者84名から総合的に意見を伺うための会議が行われました。

詳細はhttp://www.kantei.go.jp/jp/keizai_kaigou/index.html

 

上記は経済界やその他の有識者から日本政府に対して中長期的な政策提言がなされており、今後の企業経営戦略の一助になると思いますので、ご覧になることをおすすめいたします。

上記官邸のホームページには各参加有識者が内閣総理大臣に提出した資料や議事録も見ることができます。昨今の不況により、企業経営者は近視眼的な発想になりがちですが、時間を見つけてゆっくりと経営戦略を発想する時間も必要です。

また、最近中小企業白書も発表されています。企画書などを作成する際の参考資料にもなります。

詳細はhttp://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

 

2009.05.13 大志大義

2009.04.30付け佐賀新聞「きょうの言葉」より全部抜粋

 

事を起こすときは、義があるのかないのか

をしっかりと自分で確かめなければだめだ 「参謀力 直江兼続の知略」堂門冬二

 

「自分がやろうとしていることは、天にも地にも恥じないものだ」という確信があるなら、周囲の状況に振り回されて、あっちへぶれ、こっちへ迷走するようなことはない。

あっちへぶれ、こっちへ迷走するのは、スタートの時点における志が低いからであろう。

もし、「天地に恥じない義が我にある」という確信があるなら、「百万人といえども我往かむ」という気概をもって事にあたることができるのではないか。

また、その信念や行動力は、多くの人々を巻き込んで、人々の輪は広がっていく。

逆にいうなら、人々は行動を起こした人のなかに「義」があるかないかに注目している。

「義」とは、大義であり正義だが、その人の信念であり志であり使命感でもある。

人を動かすもののなかに、利害関係やレトリックや弁舌などがあることを否定はしない。

しかし、この世の大通りを義のない人たちだけが闊歩するようなことがあってはならないのではないか。

堂門冬二氏は作家。(秋庭道博・コラムニスト)

 

参照ブログ http://mizupon.exblog.jp/10147918/

 

2009.04.30 何が学力低下を招いたか

2009.4.8付け日経新聞夕刊「あすへの話題」経済学者 佐和隆光氏記事全部抜粋

小中学生、大学生、そして大学院生の学力低下は、教育現場にいる私には実感としてよく分かる。「ゆとり教育」のせいだという人も少なくないが、私にはそうは思えない。学力低下の原因についての私の見立ては次の通りである。

1987年から90年にかけてのバブル経済期の「負の遺産」が災いのもとだ。「負の遺産」とは、某経済評論家の次の言説に象徴される。「汗水垂らして金儲けする時代はもう終った。頭を使って投機で金儲けする時代がやってきた。今時、投機をやらない輩は世捨て人だ。」こうした言説を真に受け、理工系学生の製造業離れが進み、努力、勤勉、誠実、創意など日本古来の徳目(マックス・ウェーバーの言う「近代資本主義の精神」でもある)が全否定されてしまった。努力しなくなった理系学生の大半が微積分の授業についていけない。古典を読破する文系学生は無きに等しい。今時の学生は自分の専攻する学問にのめり込む気概を欠き、難題への挑戦を敬遠しがちである。

大学院生の学力低下にはもう一つの原因がある。90年代初め、文部省が大学院重点化を開始して以来、大学院生数が激増し、大量生産される博士が職探しに奔走しているのが実状だ。なぜか日本の会社は博士を採用したがらない。大学職員の公募の倍率は数十倍にも達する。

少数精鋭をモットーとしてきた大学院は今や「大衆化」し、学者志望の優秀な院生にとっては迷惑千万。その結果、若くして一流の国際的専門誌に掲載される論文をも稀にしかいなくなった。日本の学術・科学の将来を憂えるのは私のみではあるまい。

以上、抜粋終わり

世界経済においてもアメリカに端を発する経済危機、経営の現場においても成熟した経済や大きな激変への対応の遅れ等、教育の現場だけでなく、日本経済・企業経営にも様々な綻びが見えてきている。

自力本願ではなく、他力本願的な思考回路は企業経営の崩壊の序章でもある。

その崩壊を如何に食い止めるかが重要である。

 

 

2009.02.23 海の武士道

以下は2009.02.21付け西日本新聞朝刊「春秋」全部抜粋

第1次大戦時のドイツ人捕虜への人道的配慮で知られる板東俘(ふ)虜(りょ)収容所があった徳島県鳴門市の住民たちが、収容所兵舎の復元に取り組み始めた

▼捕虜と地元住民たちとの交流は、2006年に映画になって広く知られた。建物の一部が移築・再利用されていたことが最近分かり、元の場所での復元を目指す。代表者は「誰にでも敬意を持って接する精神の大切さを発信したい」と話している

▼同じように敬意を持って接した話が第2次大戦でも残されている。1942年、ジャワ島北方のスラバヤ沖海戦でのこと。日本海軍に撃沈されて漂流した英国兵422人が、丸1日が過ぎて生死の境をさまよっていた時…

▼通りがかった駆逐艦「雷(いかづち)」が敵艦との遭遇を恐れず全員を救助する。油で汚れた体をきれいにしてやり、食料と衣類を提供した工藤俊作艦長は「あなた方は日本海軍の名誉ある賓客であり、勇敢に戦った」と英語で語りかけた

▼日本では知る人もないまま歳月は流れた。救助された1人、元大尉のフォール卿(89)は忘れなかった。外交官を勇退したあと、各方面に当たって恩人の消息を尋ねた。糸を手繰るようにして昨年暮れに墓参がかなった

▼近刊「海の武士道」(惠隆之介著、産経新聞出版)に詳しい。墓参後フォールさんは言った。「今でも工藤艦長の姿を思い浮かべることができる」。家族や友人、知人には折に触れて話して聞かせてきたそうだ。

=2009/02/21付 西日本新聞朝刊

 

2009.02.09 経営者がワクワクドキドキになる方法

2008年10月以降の日本経済の閉塞感は実体経済と経営者マインドに大きな影響を及ぼしている。中小企業の財務状況は2008年10月からの保証協会の緊急融資(セーフティーネット5号)により一時的な資金繰りの改善は見られていると思うが、大企業の大幅な利益の落ち込みや年度末に向けての在庫調整等で中小企業への受注にも更に影響が出てくるものと思慮される。

中小企業の経営者にとっては、売上高の落ち込み、資金繰りの悪化、金融機関借入金返済等苦しい状況と苦悩が続いているのではないだろうか。確かに、今まで多くの経営者に接してきて、資金繰りの苦悩やそれに伴う先々の不安は企業経営者にとって、他人ではわからない大きな苦悩である。この大きな問題を解決できるのは経営者トップしかいないのであるが、苦悩や不安だけの思考回路からは、今から先の晴れ晴れとした爽快な気分は生まれない。資金繰りの悪化や借入金返済の負担は当然そう簡単には解決できることではないが、逆にそのことだけに思考回路を占領されるといい結果は生まれない。

よく経営者が言う言葉に、

「毎月の借入返済が極端な話無くなれば、私も営業に専念できて売上を上げることができるのに!」

「今このくらいの資金があれば、会社も良くなり、売上も上がっていくのに!」

貸借対照表の借入金がゼロになったり、現預金が急に増えることはありえないが、このような思考を持つ経営者はあらゆる手法を駆使すれば、単なる願望ではなく、現実のことにすることは可能なのである。

最近、自己破産や民事再生法の申請が多くなっているが、破産をすればまず借金はゼロになる代わりに資産もゼロになり経営者は新たな就職先を探すことになる、今の時代経営者が一般社員として就職先を自ら探すことも難しい。民事再生法は過去に多くの民事再生法による再建に関与したが、負債が軽減される以上に経営者としての苦労は申請前以上に多くなる。

このような苦労をするのであれば、破産や民事再生を選択する前に別の手を打っておけばよかったと思う経営者が圧倒的に多いのである。

破産や民事再生手続きをしたと思って、色んな手を打てば上記の経営者が言う言葉は不可能ではないのである。しかし、「したと思ってやる」ということを想定だけでやるのは経営者一人では難しいと思うので、信用できる周りに相談することである、多くの解決策が出てくるかもしれない。

このような苦労をしないでいいような経営者としての欲求基準を最低限に置いておくことも重要である。つまり、金銭感覚・生活水準は最低限に置き、経営者としての行動基準は最大に高めるのである。

また、経営者の思考回路として前述したように資金繰りに思考回路を占領されるといい結果は生まれない。一番重要なことは、まず近い将来(3ヶ月以内)に売上に貢献するような受注構造を一つでもいいので創造し、それが必ず成就するようなシミュレーションをし、経営者自身がその創造することにワクワクドキドキすることである。それを3ヶ月経過したら必ず達成させ、同じように継続し続けることである。この受注構造の創造は金額的な大小は関係ない、大きいにこしたことはないが、まずは経営者自身がワクワクドキドキすることである。

企業経営とは難しい経営学の本を読んだり、書店に並ぶ本を読んでうまくいくものではない、企業経営を行う際の経営者の思考は上記のようにシンプル且つ単純でいいのである。

但し、受注構造のために経営者が創造する時は寝ても覚めてもそのことをワクワクドキドキ考える思考回路が必要であり、継続により自ずとその思考回路は形成されるのである。

<私の周りのワクワクドキドキ事例>

・印刷会社:モバイル時代を反映したアナログな通信手段を考案し、超大手企業に仕組みが採用

・建設下請会社:自社の強みを環境ビジネスモデルに転嫁し、ファンドより資金調達

・建築会社:金融機関借入返済条件変更により資金繰り改善、経営者営業専念、売上回復

・病院:患者のQOL向上を徹底的に追及する仕組みを採用し顧客増

・コンサル会社:営業エリアを県内から全国に展開する仕組みを構築し、受注増

 

2009.01.31 倚(よ)りかからず

<倚(よ)りかからず> 詩人 茨木のり子さん

 もはや できあいの思想には 倚りかかりたくない

 もはや できあいの宗教には 倚りかかりたくない

 もはや できあいの学問には 倚りかかりたくない

 もはや いかなる権威にも 倚りかかりたくはない

 ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい

 じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて なに不都合のことやある

 倚りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけ

 

自己責任の時代と言われて久しいが、ビジネス上でも「依存する受注」と「依存しない受注」がある。

「依存する受注」とは、その受注を獲得するのに自分自身の力ではどうにもならない受注、つまりモノやサービスを販売受注するのに他力本願の場合である。

「依存しない受注」とは、逆に自分自身の力や行動でモノやサービスが販売受注できる場合である。

一般的に経営者は自分自身のビジネススタイルを「依存しない受注」と思いがちであるが、けっこう「依存する受注」スタイルである場合が多い。

受注構造を考える場合、他に頼るような「依存型ビジネス」ではなく、「非依存型ビジネス」を考える必要がある。現状の自社のスタイルを再検討しては如何だろうか?「依存型」を「非依存型」にすることは発想の転換で難しいことではない。

また、人間は所詮「自己満足」の動物である。どのラインで満足するかは自分自身の目標設定と願望力の大きさで決定される。現状の企業規模、売上高、生活水準は自己満足の結果である。

よって、経済的規模の大小は自分が満足すればそれでいいのであり、それに満足していなければ、自己満足の度合いが少ないのである。他のせいではなく、自分自身の満足度合いの差である。

 

2009.01.12 どん底の会社よ、よみがえれ

2007.01.11にNHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」が下記の通り再放送されます。以下はNHK番組案内です。

村松謙一弁護士~NHKアンコール 1月27日(火) 22:00~22:45 放送決定

倒産寸前に追い込まれた会社に駆けつけ、再建を助ける、再生専門の弁護士がいる。

弁護士・村松謙一。東京佐川急便や長崎屋などの一部上場企業から街角の個人商店まで、再建した会社は100を超える。村松の弁護士事務所には、 ひっきりなしに依頼者から連絡が入る。どれも、待ったなしの深刻なものばかり。夜逃げや自殺をほのめかす依頼者も数多い。 村松の一番の仕事は、追い込まれた経営者の代理人として会社の舵(かじ)を取り、再生の道を探ることだ。そのために村松は、自ら債権者に向き合い、法律に そって返済の猶予や債務の減額を交渉することも辞さない。

そこには、経営難を理由に命を絶つ悲劇を少しでも減らしたいという思いがある。「会社の救済は、人生の救済」。村松の信念は揺るがない。 この秋、一つの気がかりな案件があった。経営難に陥った、ある「そば屋」からの依頼だ。親子で経営をしてきた店をいかにして立て直すか。村松の真剣勝負の流儀に迫る。

好評に応え、アンコールで放送する。

番組案内http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070111/index.html

あるブログの感想http://blog.hoto-hoto.com/archives/64999780.html

 

村松先生の仕事に対する取り組み、使命感、思想、全てが感動、共感する番組です。ぜひご覧下さい。番組の感想などもお待ちしています。

 

2009.01.05 葉隠墓苑

年末年始帰省した際にケーブルワン(佐賀県武雄市のケーブルテレビhttp://www.cableone.ne.jp/)を見ていると、「葉隠墓苑~先人たちに想いを馳せて~」という番組があっていました。

「葉隠墓苑~先人たちに想いを馳せて~」 http://www.cableone.ne.jp/2ch/kosugi_d.html 画像

戊辰戦争の際に佐賀鍋島藩武雄の藩士が九州諸藩の援軍として秋田へ出征しましたが、この戦いで54名の佐賀藩士が戦死されました。葉隠墓苑とは(秋田市新屋日吉町)、その戦死者の慰霊として昭和63年に建立された碑です。

この葉隠墓苑が建立される前にも武雄藩士の墓がありましたが、長い年月と共に忘れさられていました。しかし、昭和61年の土地区画整理で遺骨が採掘され、当時の兵士の遺骨が出てきました。

その遺体は佐賀県武雄の方角に頭を置き脇差と共に手厚く埋葬されていました。また地元では以前から戊辰戦争の際に遠い九州から出兵し郷土を守ってくれた鍋島藩兵士として語り継がれてきたようです。そして、慰霊碑が建立された後は年に1回の慰霊祭が行われているとのことです。

H20.10.19慰霊祭の様子 http://www.city.akita.akita.jp/city/ct/ab/tiikikatudou.htm#ieisai 画像

ケーブルワンの番組表題にもあるように、「先人たちに想いを馳せて」、今の私達自身の原理原則を見つめることの大切さを思い知らされると同時に郷土の歴史から日本人のあるべき姿を理解することが必要であると思いました。

2008.12.21 原理原則~葉隠に学ぶ~

また、秋田の方々が年に1回慰霊祭を継続して頂いていること、秋田の地域の子供にも伝承して頂いていることに感謝すると共に、先人に対する感謝の想い・畏敬の念、ふるさとに対する想い、自分自身の存在を感じさせてくれる番組であった。

慰霊碑建立の経緯 http://www4.ocn.ne.jp/~shizukot/bosin.html 画像

葉隠墓苑物語 http://www.donpu.net/11/hagakureboen.htm 画像

※リンク横の画像はリンク切れを避けるために画像として掲載させて頂きました。

 

2009.1.1 葉隠に学ぶ

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

昨年より閉塞した経済心理状態が続いていますが、これは現代に限ったことではありません。この閉塞感を打破するためには歴史に学ぶことも多いと思います。

「葉隠」という佐賀藩士の山本常朝が語り、田代陣基が筆記した武士としての心得に関する聞書があります。

以下、wikipediaより引用

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

葉隠の記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と曲解されあるいは解釈されている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決を美化・正当化するのにこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をする者が認められる。

しかし山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠の中には嫌な上司からのの誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、あくびをしないようにする方法等、現代のビジネス書や礼法マニュアルに近い内容の記述が殆どである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、近代人が勝手に想像している『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国主義的書物と云う誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活に根ざした書物として再評価されている。

なお、戦後も葉隠を愛好した文学者に純文学三島由紀夫、大衆文学の隆慶一郎がおり、二人ともそれに取材した作品を書いている。三島の『葉隠入門』、隆の『死ぬことと見つけたり』(いずれも新潮文庫)である。両作品は葉隠の入門書としても知られている(ただ、三島の葉隠に対する捉え方には問題があるという葉隠研究家からの指摘もある)。

童門冬二著「小説葉隠」PHP文庫より・山本常朝1710年の言葉

「いまは末世なので何事についても名人が現れなくなったと人々は言う。しかしわたしはこの意見には反対だ。ボタン、芍薬、ツツジ、椿などの花を見れば、世が末になればなるほど立派な花ができている。これを見れば、人々がある事柄について神経を集中させ、努力さえすれば必ず立派な者が出てくるのだ。

もし、諸道の名人がもてはやされるようになれば、いまでも必ず名人が現れる。それを、ただ他人が言うことを鵜呑みにして、世は末だ末だなどといって、自らもそう思い込み、意欲を失って生きているからこそ、怠け者ばかり増えて何事に対しても精を出さぬようになった。誠に残念である。世が末になったのではない。人々が精を出さなくなったのだ。そこにこそこの時代を暗くしている大きな罪がある。」

これは300年も前に口述された内容だが、正に現代の閉塞した経済にも当てはまる表現であると思う。不況不況というニュースばかりが報道され、それが全てであるかのように思い込み、経営者やビジネスマンの意欲が減衰し、前向きな戦略立案や行動ができていない。つまり、頭に汗をかいていない(頭脳を使っていない)。

経済が悪化しているのは事実であるが、それを悲観する前に人々が頭脳を使うこと(精を出すこと)により、明るい未来が開けるのである。

特に経営者であればなおさらである。

 

2008.12.27 受注セグメントの必要性

トヨタ自動車の今期決算予測は連結営業損益が前期の実績に比べ約2兆4200億円も落ち込むという。確かに11月の販売台数が対前年同月比71.8%(日本自動車販売業協会www.jada.or.jp)と過去10年間でも80%以下に落ちたことがないことを考えると11月の下落の大きさがわかる。この状況は当面続くものと推測されるが、今年度上期の対前年比が96.8%で9月までは極端に販売台数が減少していないことを考えると、11月以降の販売台数下落が来期以降通期で下落した場合、トヨタといえども厳しい状況と言わざるを得ない。

この営業損益のマイナス要因として為替差損と北米販売不振が半々だと推測されるが、このような超短期での企業業績の悪化は過去に例がないのではないか。

トヨタに限らず輸出メインの企業は大幅な生産調整を強いられているような状況であり、大幅な収益悪化となる可能性がある。

当然、トヨタのような大企業がこのような状況に陥るのだから予測というものは難しいのだろうが、そうならないための受注セグメントの分析の必要性があるのではないだろうか。

つまり、自社の受注構造の細分化である。トヨタであれば受注セグメントの分析は販売先別や車種別が大きな大分類になるが、販売先別の中にも国別、販売店別等数百から数千の分類(セグメント)が可能である。このような分析を日々行うことによりリスクヘッジや戦略立案が可能となる。大企業は豊富な人材と資金によりこのような分析はされているだろうが、中小企業の場合は経営者がこのような発想がなければ、分析や戦略立案が出来ていないのが実情である。

受注セグメント分析を行い、そこに市場ニーズを組み合わせた創造力、変革力が企業の生き残り策である。

 

2008.12.21 原理原則~葉隠に学ぶ~

更なる経済情勢の激変が進行しており、「原理原則」に則った発想と思考が重要な時代になってきたと痛感しています。「原理原則」とは稲盛和夫流にいれば、

「原理原則に基づくということは、人間社会の道徳、倫理といわれるものを基準として、人として正しいことを正しいままに貫いていこうということです。人としての道理に基づいた判断であれば、時間、空間を超えて、どんな環境でも通じていくものです。そのため、このような判断基準を常に持っている人は、未知の世界に飛び込んでも、決してうろたえたりはしないのです。新しい分野を切り開き、発展していくのは、豊富な経験を持っているからではありません。常識を備えているからでもありません。人間としての本質を見すえ、原理原則に基づいた判断をしているからです。」

ちょっと哲学的な言い回しですが、私流に言えば、

「自分自身の原点、つまり生きて来た歴史や思想、発想を見つめ直し、ブラッシュアップし続ける。そこに大志大義を重ね合わせ、未来を創造する。」ことではないかと思います。

「葉隠」の最初の教えでも田代陣基が山本常朝に対し、

「佐賀藩士として、だれもがまず学ばなければいけないことはなんでしょうか」との問いに、

常朝は「まず、佐賀藩の国学(歴史)を学ぶことが大事です」

やはり、いつの時代も原理原則に則った発想が必要ということだと思います。

企業経営においても自社の歴史、経営理念を今一度振り返り、その思想に基き時流に乗った思考や発想が大切です。

ここ数年続いた拝金主義的ビジネス発想やただ儲かればいいというビジネス発想は通用しないことは明らかであり、長続きはしません。

 

2008.11.26 不勉強が身にしみる

平成20年11月20日母校(佐賀県立武雄青陵高校)のキャリア教育講演の依頼を受け「最後の卒業生への贈り物」と題して講演を行った。最後の卒業生というのは、平成21年3月に武雄青陵高校と武雄高校が廃校となり、(新)武雄高校となるからである。

講演に内容は、

勉強の必要性

小学校から高校で習ったことがこんな場面で活かされるということを具体例で紹介(素粒子物理学、ナノビジネス、ファンド金融工学等今後注目されるビジネスや私自身の経験から)

高校卒業後の生活について(大学・短大・専門学校生活)

大学のカリキュラムについて、勉強の必要性、生活リズムについてのアドバイス、大学は社会人になるための準備期間(アルバイト、インターンシップ活用)

仕事・社会人について

会社とは(飯塚キャリア教育資料より)、就職先選定についてのアドバイス→会社の経営理念について

夢の探し方と実現方法

今後求められる社会人

今からの社会人として求められる資質について、企業経営者が目指す会社の方向性と戦略から見る社会人の資質について

最後の卒業生への贈り物

「優勝脳」という発想―北京五輪女子ソフト

地域(武雄・佐賀)、国(日本)、国際(アジア・世界)というフィールドとその根本

講演資料を色々調べる中で長山靖生著「不勉強が身にしみる」光文社新書に次のような記述を見つけた。

「そもそも学校の週休二日制は、生徒にゆとりを持たせるためではなく、公立学校の教職員という「公務員」の勤務時間短縮のための制度改革だった。80年代の日米経済摩擦で、アメリカは日本人は働きすぎであると批判し、アメリカ政府に配慮した日本政府は公務員の「時短」を行うことになった(つまり時短もまた、公務員のためというよりはアメリカの圧力に屈従した結果であった)。しかし教職員だけは学校週休6日制のもとでは、週休2日にすることができない。そこで「ゆとり」教育という「教育改革」が行われたわけだが、はじめに学習時間(教職員の勤務時間)の削減ありき、という改革なのだから、「生き方」だの「自ら主体的に考える力を養う」「生涯、学ぶことが好きな人間を育てる」といわれても、不安は募るばかりだ。」

 

2008.11.6 使命感

以下は財団法人地域活性化センター「伝えたいふるさとの100話」に掲載されている物語です。

http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/1_all/jirei/100furusato/index.htm

長崎県(時津町)乗客の命を救わなければ・・・自らの体を投げ出してバスを止めた車掌鬼塚道男

戦後間もない昭和22年(1947年)、乗客の命を守るため、バスの車掌だった鬼塚道男(当時21歳)は、自ら体を張って輪止め(車のブレーキ)となり殉職しました。
事故現場となった長崎県時津町元村郷の国道206号線沿いの打坂峠には、鬼塚車掌の勇気をたたえて建てられた「愛の地蔵」が、道ゆく人々の交通安全を静かに見守ってくれています。
 当時の打坂峠はくねくねと曲がっていて、バスの運転手からは「地獄坂」と呼ばれていました。道路はまだ舗装されておらず、勾配が20度もあり、馬力のない木炭バスにとってはつらい急な坂道でした。木炭バスというのは今のようなガソリンでなく車体の後ろに大きな釜を付け、木炭を焚いて走るバスで、30人も乗れば満員になるほど小さなものでした。
 鬼塚車掌は、長崎自動車株式会社大瀬戸営業所の2階に住み込んで働き、彼が車掌を務めるバスは、大瀬戸から長崎までの道を1日1回往復していました。
 朝8時の大瀬戸発であれば2時間前の6時には木炭をおこして準備をし、火の調子を整えておかなければなりません。また、走っていてもよくエンジンが止まり、そのたびに釜のなかの火を長い鉄の棒で突いて木炭をならしながら走っていました。このように釜の火の調子を整えることが、木炭バスの車掌の仕事でした。事故の起こった昭和22年9月1日、鬼塚車掌が乗ったバスは、打坂峠の頂上までもう少しのところでギアシャフトがはずれ、ついに動かなくなってしまいました。ギアシャフトがはずれると、バスのブレーキはまったく効きません。バスはズルズル、ズルズルと急な坂道を後ろに下がり始めました。
 「歯止めの石をかませ!」
と絶叫する運転手の声で飛び降りた鬼塚車掌は、手近にあった石をバスの車輪の前に置きましたが、加速のついたバスは石を粉々に砕き、あと数メートルで高さ20メートルの険しい崖のふちというところまで迫りました。崖にバスが落ちれば乗客の命が危ない…。
 その日、最初に事故現場に駆けつけたのは、長崎自動車株式会社時津営業所に勤めていた高峰貞介です。朝の10時を少し過ぎたとき、自転車に乗った人が「打坂峠でバスが落ちているぞ。早く行ってくれないか」といって、時津営業所に駆け込んできたのです。
 高峰が木炭トラックに乗って急いで駆けつけると、バスは崖っぷちギリギリのところで止まっていて、運転手が一人真っ青な顔をして、ジャッキでバスの車体を持ち上げていました。
 高峰は後に事故の状況をこう語ってくれました。
 「鬼塚車掌は自分が輪止めにならなければと思ったんじゃないでしょうか。体ごと丸くなって飛び込んで、そのままバスの下敷きになりました。鬼塚車掌の体をバスの下から引きずり出して、木炭トラックの荷台に乗せました。背中と足にはタイヤの跡が付いていましたが、腹はきれいでした。10秒か20秒おきに大きく息をしていたので、ノロノロ走る木炭トラックにイライラしながら、しっかりしろ、しっかりしろと声をかけて…。9月といっても1日ですから、陽がカンカン照って、何とかして陰をつくろうと鬼塚車掌に覆いかぶさるようにして時津の病院に運んで、先生早く来てくれ、早く早くって大声を出しました。」

「その晩遅くに、みかん箱でつくった祭壇と一緒に仏さんを時津営業所に運んで来たのです」
 鬼塚車掌は、炎天下のトラックの荷台で熱風のような空気を大きく吸い込んだのが最期でした。買い出し客や、市内の病院へ被爆した子どもを連れて行く途中の母親たち30人あまりの命と引き換えに、若い生涯を閉じたのです。
 この悲しい事故から27年の月日が流れた昭和49年(1974年)10月19日、長崎自動車株式会社は、鬼塚車掌の勇気をたたえ、交通事故をなくそうと、時津町元村郷の事故現場に唐津石でつくった慰霊地蔵尊を建て、入魂式を行いました。
 この慰霊地蔵尊「愛の地蔵」は、赤いよだれ掛けを風に揺らし、鬼塚車掌の命日である9月1日には毎年供養祭が行われています。

【出典、参考文献】
「1980年10月2日付読売新聞夕刊」/「1986年11月14日付毎日新聞夕刊」/「愛の地蔵」吉田理(近代文芸社、1993年)/「広報とぎつ2003年、第428号」

国道端に立つ「愛の地蔵」

 

 

2008.10.26 財を残すは下

4年前、某不動産管理会社の経営計画発表会に招かれ、某大手通販会社社長の講演を聞く機会があった。その中で事業承継について次のような言葉を話された。

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、更に感動を残すは最上」

いつの時代も事業承継や相続は大きな課題であり、戦後の高度成長期に起業された方々の事業承継は団塊の世代の退職と同じようにここ数年多くなっている。

事業承継に限らず、親が亡くなると相続の問題が発生するが、相続税問題だけでなく、遺産分割においては相続額の大小に関らず、争続となる可能性もある。

知り合いの親族で実際にあった話だが、父親が数年前に他界し、次男家族が従前通り母親の介護を含め実家を承継することとなった。父親が他界した時の実施的な相続額は古い自宅と田畑で数百万円、貯金200万円程度で相続税が発生するわけでもなく、葬儀代を支払えば自宅と田畑だけである。他界後数年は何事もなかったが、最近になって長男夫婦が認知症の母親を勝手に連れ出し、次男家族が住む実家の明け渡しの調停を仕掛けたのだ。

長男は元々若いときから単身赴任が多く実家での生活ができないので、双方納得の上次男が両親の面倒を長年見ており、実家の増築資金等も父親と次男が費用負担をし、父親の介護もやっていたとのことである。長男も次男も既に定年退職した世代である。家族間でどのような確執があったかは知る由もないが、どこにでもあるような親族、血を分けた普通の兄弟でもこのような争続は発生するのである。

冒頭の言葉にもあるように財を残すは下であるとも言えるが、財産の大小に関らず生前に財産の分配を決め徹底しておくことが、後世に争いの種を残さない方法である。

また、過度の財を残すことは相続人の人生を狂わせる要因にもなる。

2008.10.10 経済サイクルを逆にする発想

株価暴落(10.10日経平均8,276円 前日比-881円)、生命保険会社やREIT破綻など、アメリカ金融危機が日本経済にも大きな影響を及ぼしている。大和生命は破綻理由を「保有する有価証券の価値が想定外の速さで下落、債務超過(114億円)に陥った」と説明している。高利回り商品を維持するためにリスクの高い投資を進めており、現在の金融システムの問題とは直接関係ないとの認識もある。しかし、生命保険会社を含む金融機関はファニーメイとフィレディマックへの投資が15兆円にのぼり、金融機関自体のバランスシート毀損が懸念される。

このような有価証券下落が大企業のBSに影響を及ぼし、中小企業経営への影響も出てきている。大手金融機関の場合アメリカ金融機関への投資に積極的に動いていること、反面保有するファニーメイとフィレディマック等の有価証券下落によりBS毀損となっていることなどから、中小企業への融資自体に資金が供給されていない状況である。

また、地域金融機関への総額10兆円規模の公的資金投入が検討されているようだが、その資金が循環しなければ何の意味もない。全国の銀行の預金は7月末で549兆円、これに対し貸出金は404兆円となっている。如何に資金が円滑に循環するか政治的な判断も必要ではないだろうか。

 

以下はセバスチャン・マラビー(米外交問題評議会・地政経済学センター所長)フォーリン・アフェアーズ日本語版2008.10月号の記事抜粋である。

 

銀行の融資が経済サイクルとは逆に向かうような規制を
 金融市場の混乱にどう対処するか。国際金融市場の混乱を前に現在危機管理策がとられているが、次期大統領が就任する2009年1月の時点でも、まだ管理策は継続的に実施されているはずだ。だが、目の前の危機を管理することに加えて、国際金融の構造そのものを見直す必要がある。この点についてはすでにさまざまな提案が出されているが、ここではそのうちの二つを指摘しよう。

第1は、スワップ、デリバティブなどの店頭(OTC)取引をやめて取引所取引に切り替えていくことだ。こうすれば、ベアー・スターンズのケースのように、金融機関が危機に陥っても、「混乱を引き起こすので破綻を回避するために救済策をとらざるを得ない」という理屈は成立しなくなる。現状では、デリバティブなどは、すべてが取引所を経由せずに店頭で取引がされているために、どこかの金融機関が経営難に陥ると、すべての金融機関がその余波を受ける。こうなると、そこには「システミック・リスク」が生じる。少なくとも店頭取引の一部については取引所取引に切り替えていくべきだろう。

第2は、銀行の融資が経済サイクルとは逆に向かうような規制を導入することだ。資産バブルが膨らんでいるときには、銀行はより多くの資金を手元に置くようにし、デフレになれば、銀行の保有資産を少なくするようにする。いかなる経済環境でも、一定の比率を保有するように銀行に課すのではなく、アメリカ、そして世界各国の規制当局はそうした比率を景気とは逆方向に向かうように変動させるやり方を導入することを検討すべきだし、すでにスペインはそのような規制を導入しているはずだ。・・・

 

2008.9.30 永遠の旅行者~人間の醜さ~

<「永遠の旅行者(上)」 橘玲著 幻冬舎文庫発行より全部抜粋>

弁護士とは、人間の醜さを見せつけられる商売である。

司法の現場を知りたければ、地方の裁判所を覗いてみるといい。民事の大半は自己破産か交通事故の損害賠償、刑事は覚醒剤事件ばかりだ。自己破産をする人間は自らを被害者と称しているが、借金の棒引きで美味い汁を吸うことしか考えていない。マリファナや覚醒剤などの違法薬物は本人の罪の意識がなく、裁判はたんなる儀式と化し、刑罰によって更生することはない。

司法修習生として配属された弁護士事務所で最初に教えられたのは、「自己破産の依頼人は冷淡に扱え」ということだった。

その理由はすぐにわかった。多重債務者に陥るような人間は、たいていの場合、依存心が強く、だらしがなく、なんでもすぐに他人のせいにして、決して責任をとろうとしない。親切に応対すると、すぐに甘えてくる。意に沿わない結果になると、裏切られたと逆上する。世間では金融業者が批判されているが、実は彼らのほうが被害者だったというケースはいくらでもある。

相続争いにせよ、損害賠償請求にせよ、人には自分だけがいい思いをしたいと考え弁護士事務所を訪れる。そして、自らの強欲を隠すために好んで正義の仮面をかぶる。司法関係者は黙して語らないが、裁判に持ち込まれる民事訴訟のほとんどは私怨(しえん)の類であり、それを国家が莫大な費用を投じて解決している。

弁護士は、依頼人から恨まれる仕事でもある。

民事の争いではどちらかが100パーセント勝つことはなく、双方が満足する決着はあり得ない。ほとんどのケースは依頼人に不満が残ったまま終結し、行き場を失った怒りは弁護士に向けられる。表沙汰にはならないが、依頼人と弁護士が罵り合うのは珍しいことではない。

 

 

2008.09.22 世界経済が経験したことのない問題(3)

 米政府はファニーメイとフィレディマックの住宅公社救済を行うことになった。公社信用力で発行した社債は570兆円である。今後21兆円規模の公的資金投入をしていくとの支援内容だが、これは債務額の4%弱の金額に過ぎない。

 米住宅ローンには変動金利の場合も多く、2年間の優遇金利となるローンで優遇が終ったローンは2008年5月時点で全体の半分程度である。既に変動金利のサブプライムローンの20%以上が遅滞しており、デフォルトしていると思われる。

また、昨年第4四半期の差し押さえ件数は、54%がサブプライムローンで、残り46%はオルトAを含むプライムローンである。

つまり、既に多額のデフォルトが発生しており、それが上位信用力のオルトA、プライムにまで及んでいるということである。

その債権を保有するリーマンブラザーズがChapter 11を申請し、AIGが政府管理となった。

(一部、リチャード・クー著 「日本経済を襲う二つの波」参照)

 この住宅公社への海外資本の投資額は140兆円(25%)、日本の金融機関の投資額15兆円(3%)である。過去の日本のバブル崩壊と内容は似ているが、当時の日本のバブルは国内だけの影響であり、アメリカのように世界を巻き込んだバブル崩壊は世界経済が経験したことのない問題である。

但し、これだけ多額のバブル崩壊は事実であり、それに投資した投資機関は相当なダメージであるが、アメリカ国内にそれを投資しただけの固定資産が残ることも事実である、140兆円をアメリカに投資した海外資本が「住宅」を国外に保全のために持ち出すことなどありえないのだから。。。

日本の金融機関の投資額(日経20.9.12記事抜粋)

農林中金 約5兆3000億円

三菱UFJ銀行  約2兆8500億円

中央三井  7718億円

三井住友銀行 4308億円

みずほ銀行 1750億円

あおぞら銀行 943億円

日本生命 約2兆9000億円

第一生命 約1兆3000億円

三井生命 894億円

明治安田生命 874億円

損害保険ジャパン 744億円

東京海上 632億円

三井住友海上 440億円

合計 14兆1803億円

 

 

2008.08.27 緊急コラム:ペシャワール会事務局(福岡市)伊藤和也さん(追悼記事)

「子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。」

これは、伊藤さんがアフガンでの農業支援を志した動機である。

「伊藤さんは現地に滞在する約10人の日本人スタッフのうち、農作物担当のリーダーで、砂漠化が進む現地で乾燥に強い作物の栽培を試行。サツマイモの普及に見通しをつけたところだったという(毎日新聞)。」

31歳の若者が素晴らしい志を持って渡航した異国で殺害されたというニュースは、怒りのやり場のない出来事である。犯行グループが反政府組織なのか、現時点では不明であるが、もし政治的な意図やテロリズムの犯行であれば、日本国政府として徹底的な原因究明と犯行グループの追及を行うべきである。

いつまでも外圧に屈するような政府、行動しない政府、言葉を全世界に発することが出来ない政府であってはいけない。

伊藤さんは、言葉でなく志・行動・実行・勇気を持って異国での貢献を行った。その死を無駄にしてはいけない。

 

以下は、Net-IB九州企業特報のHP掲載内容で、http://www.data-max.co.jp/

に以下以外の記事も掲載されている。

 

「アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたい」「現地に行かなければ、何も始まらない」―。ペシャワール会事務局(福岡市中央区大名)には、伊藤和也さんがアフガンのワーカーを志した動機を書いた文書が残されていた。
以下に原文を掲載する。

 

【ワーカー志望の動機】

伊藤和也

 私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私にできることをやりたい、そう思ったからです。
 私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対するアメリカの報復爆撃によってです。
 その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガニスタンという国を全く知りませんでした。
 「アフガニスタンは忘れさられた国である」
 この言葉は、私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。今ならうなずけます。
私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。
それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援という言葉からです。
 このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動をテーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。
 私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。
 反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、後者です。
 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。
 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。
 子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。
 甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。
 しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。
 そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

2003.6.15

 

2008.08.26 世界経済が経験したことのない問題(2)

「ファニーメイ」と「フレディマック」の債務額が全世界で530兆円(ちなみにアメリカの国家予算は348兆円である)、内日本15兆円、サブプライムローンに次ぐ新たなアメリカ金融不安の爆弾である。昨年から続いたサブプライムローン問題に端を発する世界金融不安は、サブプライムローンが証券化された2004年から2006年に起因している。この住宅ローンは通常のローンより高い金利が設定されているが、当初の2年間は優遇金利が設定されている(以前日本でも盛んだったステップアップローンに似ている)。この2年が経過すると優遇金利が終わり、高金利に移行する。つまり、2004年にローンを組むと2006年に高金利となるのである。つまり、その時点でデフォルト(債務不履行)が発生する。よって、2006-2007年にサブプライムローン問題が発生したのである。現時点では、この優遇金利が終焉する住宅ローンは全体の半分である。今後更にデフォルトが発生する可能性が大きいが、金融市場では既に折り込み済みではないかと推測される。

しかし、アメリカの住宅ローン問題は更に「サブプライム」から「オルトA」「プライム」(信用力の区分)へと移行し、上記のファニーメイ、フレディマックの債権へと飛び火していくことが懸念されている。

更には、日本の住宅ローンと違い、アメリカの住宅ローンはノンリコースローンのため債務者(住宅購入者)はローンが払えなければ、住宅を債権者(金融機関等)に返済(リターン・ザ・キー)すれば、たとえローン残債より住宅価値が低くても、その差額の支払義務はないのである。日本ではご存知のように、ローン残1500万円・住宅価値1000万円の時点でデフォルトすれば、差額の500万円は住宅購入者が住宅売却後も返済しなければならない。つまり、アメリカの住宅ローンはデフォルトした際の金融機関等への影響が大きいのである。尚、サブプライム市場へ向った資金は1兆ドルと言われている。

これは対岸の火事ではない!

「ファニーメイ」と「フレディマック」の債務額が全世界で530兆円、この内日本の債務額は15兆円である。この内訳を見ると、三大邦銀4.7兆円・大手生保4兆円・政府系金融機関5.5兆円である。平成20年3月期の全国銀行の金融再生法開示債権残高11.4兆円と比較しても、この債務額の大きさに驚く。アメリカ政府が資金投入するとは言え、この債券が不良化した場合を考えると、世界経済への影響が甚大であることが推測される。

※参考文献:「日本経済を襲う二つの波」 リチャード・クー著 徳間書店

リチャード・クー氏はバブル崩壊時の日本経済の対処法を理論付け、現在では麻生幹事長、中川元経産大臣のブレーンとしても有名である。2008年6月に発行された「日本経済を襲う二つの波」は非常に読みやすく、現在の世界経済を理解する上では参考になる本である。

 

2008.08.20 世界経済が経験したことのない問題

最近の金融機関の融資姿勢は不動産関連に限らず、厳しい状況となっている。その大きな要因として考えられるのが、

①中小企業倒産による貸倒の増加

②世界的な金融不安発生の懸念、と思われる。

 

①中小企業倒産増加はバブル崩壊時期以上の貸倒が発生しており、保全が見込めない新規融資は行わないというスタンスになっている。新規融資でも貸出額1件1200万円以下の零細企業への貸出は県信用保証協会が100%保証となっているのでその部分だけは積極的であり、その対象であれば積極的に保証協会を利用するのが賢明である。しかし、1200万円以上であれば責任共有制度で金融機関も2割のリスク負担となるので消極的である。また、よく耳にするのがアメリカのサブプライムローン問題の波及があるが、このサブプライムローン問題は既に懸念材料としては無くなったのではないかと考えている。それでも融資姿勢の中で同ローンの問題を口にする金融機関担当者が同ローンの本質を理解していないか、それを口実にしているに過ぎない。つまり、不動産関連の融資が縮小している背景には何か別の問題が潜んでいるようにも思われる。例えば、バブル崩壊の原因となった金融行政の総量規制的な金融施策が裏で存在する、または依然として企業数が多い建設業界の再編を意図的に仕組んでいる、それと次に説明する金融不安懸念に対する準備などが考えられる。

 

②世界的な金融不安発生の懸念、これは今までに世界経済が経験したことのない問題である。それは前述したサブプライムローンの次に問題視されている「ファニーメイ」と「フレディマック」である。これはアメリカの民間企業で各々連邦住宅抵当公社、連邦住宅金融抵当金庫と呼ばれる政府援助企業である。基本的にはサブプライムローンと同じような仕組みであるが、世界的な金融債券としてアメリカ国債に次ぐ信用力を持っている。

昨年からのサブプライムローンと比較すると、

・サブプライムローンの債務額は全世界で34兆円、内日本2兆円、

・「ファニーメイ」と「フレディマック」の債務額が全世界で530兆円、内日本15兆円

桁違いの債務額である。これが現在の世界的な金融不安発生の懸念材料であり、マクロ的な金融機関融資姿勢の現況である。この問題が顕在化すれば世界経済への相当な影響が懸念されている。

(上記内容や数値は実際とは異なる場合もあります)

 

2008.08.02 財務諸表作成と納税義務

ある顧問先の依頼で同じ業種9社の財務諸表簡易診断を行った。どの財務諸表にも共通することは杓子定規の会計処理が行われており、よく見せるための財務諸表(特に貸借対照表)になっていないことである。例えば、役員が会社に貸し付けている負債が短期借入金に計上されていることが多いが、短期借入金で計上すると流動負債が増え、流動比率の数値が悪くなる。従来から付き合いのある金融機関であれば事情をよく理解しているから問題ないかもしれないが、新規取引の金融機関や信用調査会社は単純に財務諸表の数値をデータ入力し与信判断する場合が多いため、悪い結果判定となる可能性がある。この場合、流動負債の短期借入金ではなく、固定負債の「役員借入金」又は「株主借入金」に表示するほうがいい。

その他、流動資産に仮勘定(仮払金、貸付金など)が散見されるが、その金額が数万円、数十万円であれば、決算月に清算しておかなければならない。このようなことはそんなに難しいことではないので、決算書作成を他人にまかせっきりにするのではなく、経営者自らが理解し指示できるようにならなければならない。つまり、決算書が作成され、経営利益だけを見ていたのではいけないということである。

また、この9社の比較をした際に企業の体力差が歴然と現れていたのは税金をはらっているかどうかでもあった。よく経営者が税金を払わないために過度の神経を尖らせている場合がある。しかし、過去の経験から税金を納めたくないと強く思っている会社に成長性はあまり見受けられないような気がする。当然、適正な節税は構わないが、税金を払いたくないという考えは間違っている。人格を持っている法人である限り、納税義務はあるのである。そういった企業に限って、国の補助金助成金や政府系金融機関に頼っているようにも思える。毎月の月次決算の経費科目に法人税負担分を織り込み、税金分の蓄積をしておくことである。

 

2008.7.17 企業の付加価値創出の方法


企業は存続発展することが様々なステークホルダーへ価値を提供し続けることができる最低条件である。しかし、高度経済成長期からバブル経済を経た現在の企業経営環境は、過去の延長線上では企業の存続発展が難しい。企業は如何に環境に適合していくかが安定的な存続のカギと言われるが、この約10年間での経済環境の激変には凄いものがあると思う。この現代の激変の真っ只中にいるとなかなか気づかないが、よく考えてみると凄い環境の変化である。
例えば、携帯電話だと平成20年6月の通信モジュールを含む契約台数は103,648,400台である。ちなみに12年前の平成8年1月では自動車電話・携帯電話の契約台数は8,669,600台、無線呼出し(ポケベル)10,609,400台である。
わかりやすく単純にここ10年で携帯電話が1億台増えたとすると、この市場規模はどのくらいなのだろうか?NTTドコモの1台当りの月額平均通話料金は6,360円(H20)、端末代金2,083円(2年償却と仮定、5万÷24ヶ月)なので月額8,443円である。これが1億台である。
1億台×8,443円×12ヶ月=10,131,600,000,000円  → 年間10兆円 である。
NTTドコモの売上高は4兆7680億円、各社シェア(H20.6)はドコモ50%、au28%、ソフトバンク18%、EMOBILE1%、WILLCOM4%である。ドコモとその他で半々なので、上記の10兆円はそんなに誤差はないと思われる。
飲食店(ファミレス、各種飲食料理店)市場規模12兆円、コンビニ市場規模7兆円であるから、この10兆円の規模には驚く。つまり、この10年間で巨大な市場が新たに作られ、その市場規模分だけ他の市場が縮小したということである。携帯電話以外にもパソコン、プロバイダー、ネット通販など今までになかった新たな市場が形成され、資金の流れが大きく変わっているのである。
つまり、時代環境は大きく変化しているのである。日本国内の経済市場だけではなく、世界において政治、石油、金融、人口等々あらゆる要因で激変しているのである。
一昔前「グローバル化」という表現が多用されたが、現代では好むと好まざるとにかかわらず、気づかない間に大きな激変の渦の中に存在しているのである。

では、この時代の激変の中企業経営を存続発展していくために必要な要素とは何なのか!
それは、抽象的な言い方になるが、「不可能を可能にする」という意識と「創造力・発想力」の鍛錬である。この二つの能力を高めるためには、一朝一夕には高めることとは出来ないし、単純に書物を読んだだけでも無理である。
現在、当社ではこの二つの資質を高める手法、その資質を企業経営に活かす手法を体系立ててシステム化しているので、近日中に企業に提供して行きたいと考えている。

 

2008.7.7(七夕) 日本人(NIPPON)の品格

「世界最大のオンライン旅行予約会社、米国のエクスペディア社が欧米などのホテル約4000軒に旅行者のマナーなどを国籍別に尋ねたところ、「最良の観光客」には日本人が選ばれた。ドイツ人、英国人、カナダ人、スイス人が続く。同様の調査は昨年も実施され、二位以下は大きく入れ替わった。二年続けて一位の日本人は評価を確たるものにした。「チップの気前の良さ」などの項目では評価はそれほどでもないが、マナーに属する諸項目で高い評価を得た。まとめて言うとこうなる。「行儀が良くて礼儀正しく、騒がず、部屋を清潔に使う」。「最良の観光客」のイメージが変わるのだろうか。「イタリア・フィレンツェの世界遺産地区での落書きがメディアをにぎわした。。。<西日本新聞2008.7.6付け朝刊「春秋」より抜粋>

日本人は古来より品格について欧米諸国に比べ、高い価値観を持っている民族であると思う。他人に迷惑を掛けず控えめに寡黙に物事に挑戦していく。グローバル化された現代でこの品格がマイナスに作用することも否定は出来ないが、これが日本人がDNAとして持っている本来の姿である。好むと好まざるにかかわらずである。

企業経営においても、その企業や経営者が本来持つ姿というものがある。いわゆる経営理念、その企業や経営者が持って生まれた特性である。その本質を究めずして、またはその本質を解らずして企業経営というものは成り立たない。

世間ではまだまだ拝金主義的な考えや自分だけが利益を得ればいいという考えの経営者が新聞紙上でも事件となって取り上げられているが、企業経営者は今一度自分の本来の姿、経営理念、特性、やりたい事が何なのか、立ち止まって考えることも必要である。

 

 

2008.7.1 犯罪が起こるたびに思うこと~幼児教育・根本的な原因の追究~


凶悪な犯罪が起こっている。先月も秋葉原通り魔事件は悲惨な結果となった。多くの論調ではネット社会と現実社会の区別がつかないような思考回路となってしまっている、格差社会が生んだ労働環境の歪み等、殺人を犯した原因を分析している。
しかし、ネット社会や労働環境との因果関係は部分的な要因でしかなく、このような犯罪の根本的な原因は犯罪者の育った環境、特に幼児教育に潜んでいると考えられる。ネット環境や労働環境が主因であれば、このような犯罪がもっと頻発するはずである。
当然、育った環境だけではなく、上記のような社会背景が複雑に絡み合っていると思われ、それは教育、食、地域、政治、職場など挙げたらキリがない。
しかし、根本は育った家庭環境、特に幼児教育である。オオカミに育てられた幼児がオオカミの習性を会得するのと同じである。このような犯罪の原因を究明するためにはその犯罪者の親兄弟、親族を含めてどのような家庭環境に育ち、その環境がどうして殺人犯罪に結びついたのか徹底的に究明し、それを白日のものとすることである。犯罪者と同様にこのような犯罪者を育てた環境を追求することである(その家庭の全てを暴き、個人を追及するという意味ではない)。マスコミにおいても芸能ネタ的な報道ではなく、このような犯罪が起きないための取材を根本原因から紐解くべきである。

なぜ、このような犯罪者が育ったのか、その親はどのような教育を施したのか、どのような教育環境が原因と考えられるのか、そのような教育を施した親自身の家庭環境はどうだったのか、歴史を紐解くことで原因が見出されるのである。